●ＶＳジャイアント剣崎弁当（２）●


【南校舎３Ｆ：３年９組の教室】

　ズバビシャーーーーーー。突如真横からの放水を受け、巨大エレナがひるんだ。
『ギィ……ガ、ガ？』
　左腕を振りかざして、その水流を防ごうとする巨大エレナ。しかしその腕の組成とてパンなのだ、みるみる変色してずぶずぶと重たげになっていく、その左腕！
「やりましたアル財前先輩！　ビッグ剣崎先輩、すっごくイヤがってるアルヨ！」
　ホース片手に振り向き、嬉しそうに報告する畑中 華菜子、その隣りの窓をガラッと開けて、
「ヘイヘイ剣崎びびってるぅー！」
　ばんばん校舎の壁を叩いて巨人を囃し立て、こちらもめっちゃ楽しそうな財前 華蓮である。
「ナイスですわ畑中さん！　次！　次は私にやらせて下さいまし！（受け取り）
　ああ！　手許が狂って剣崎さん（本人）に水をかけてしまいましたわー！（ズバビシャー）」
　巨人の手の中でみるみるずぶ濡れになり、見るも惨めな姿になった剣崎 エレナを見て、もう高笑いが止まらない華蓮だ。
「オーッホッホッホ！　あ〜ら剣崎さん、ごめんなさぁ〜い……って、あ、あら？」
「ひぐ……ぅう……」
　いつものようにテンポよく、憎まれ口のひとつでも返してくるかと思ったエレナだったが、意外や意外、べそをかいて泣き出してしまった。
　しかしまあ、考えてみれば無理もない。自分そっくりの巨人にいきなりとっ捕まり、あわや食べられかけた挙句に、今度は頭から水を浴びせられているのだ。状況も分からない『ひと』のエレナが、パニック状態になってしまうのも当然だろう。
「な、何だって言うんですの、もう！　調子が狂いますわね！」
　奇妙な罪悪感を感じて、水流の方向を変える華蓮──その時だ、


　シパパパパパパパッ！！


　水を嫌ったジャイアント剣崎が、ホーミングクロワッサンを発射し窓の華蓮を狙い撃った！
「財前先輩、危ないアル！」
　ドンと華蓮といっしょに転がり、机のバリケードの後ろに隠れる華菜子。べちべちべち。大半のクロワッサンが机に当たってひしゃげ、その隙間を掻い潜って教室に侵入したミサイルも、カバンとノートを口にかざして、きっちりばっちり防ぎきる。
「た、助かりましたわ畑中さん、さすが私の姉妹（スール）ですわね！」
「えへへアル……（嬉しそう）」
「オーッホッホッホ！　ご覧になりまして、私たちの絆を？
　これでもう、デブ崎のパン攻撃なんかちっとも恐くな……あ、あらら？」
　おや、手にしたホースから何故か、水が出てこないぞ。よくよく見ればその口先に、すっぽりチョココロネが突き刺さっているではないか！　スポンッと慌ててそのパンを外す華蓮だったが、ホースの中にもびっちりチョコとパン屑が詰まって、ちっとも水が出てこない！
「お、おのれ剣崎ィ！　クロワッサンをダミーに、違うミサイルを混ぜてくるとは、
　小賢しい真似をしてくれますわね！（ムキー）」
「財前先輩！　水の勢いをもっと強くして、詰まりを押し流すといいアル！」
「ソレっ！　私も今それを言おうと思ってましたのよ。畑中さん、元栓を頼みますわ！」
「はいアル！」
　ダッシュで廊下へと走る後輩を見送り、
「そう、落ち着くのよ華蓮（ぶつぶつ）。剣崎さんと言えばすなわちチョココロネ。
　予想してしかるべきでしたのに、こんなビンボくさい攻撃を見抜けなかった私も、
　ちょっぴりうかつでしたわ……って、人がまだ話してる途中でしょうがーーーい！！！」
　クロワッサンとチョココロネとフランスパンミサイルの、ありったけの着弾を全身に受け、
「へぶっ・のわっ・ギニャーーーーーーーーー！？」
　つるっと窓から落っこち、ああ３階から真っ逆さまの財前華蓮！


【南校舎１Ｆ：生徒玄関前】

「ギャーー華蓮ちゃんセンパイが落っこったのだ！？」
　地上で悲鳴を上げ、思わず目を覆う後木 真央、
「いや……大丈夫だ。あれを見ろ」
　そう頭上を指差すのは旅鴉 月詠。見れば間一髪、ホースの先っちょにつかまって、財前 華蓮がぷらんぷらんと宙にぶら下がっているではないか！
「にゃふっ、良かったのだ助かったのだ」
「まだそうとは限らんがな」
　両手が塞がってしまった華蓮に、さらにべちべちと容赦なく降り注ぐホーミングパン、
「ちょっとちょっと、卑怯なり剣崎ィ！（んがっぐっぐ）」
「おくちにダイレクトインとかありかー！」
　そこに駆け付けたのは、２年水泳部の志波 武道である。
「うっわデッカいエレナちゃんだな！　それに華蓮ちゃんも何だか大変なことに！？（見上げて）」
「ああ、大変なことになっているな。パンモロしてるけどどうかねそこのムッツリ感想をどうぞ」
「っておにーちゃん、ムッツリちがぁーう！」
「おや、これは失敬」
「もががが（って見るなぁー！）」
　パンが喉に詰まったり下からパンツを見られたりと、テンヤワンヤの華蓮お嬢さまである。


「ぶっかけ水作戦は失敗か……さて、どうしようかこの進撃の弁当」
「とりあえずノドにつまるのまっずいよな」
　旅鴉 月詠の隣りで、志波 武道も口にハンカチを巻き付け、ごにょごにょと作戦タイムだ。
「だがあれはいい武器になるな……
　ちなみに俺はクロワッサンは三日月に曲がってる方が好きデェッス☆」
「モガーー！？（その情報今要りませんから、早く助けて下さいまし！）」
「んー、水ぶっかけもイイけど、食べ物だし無駄にはしたくないからなぁ。
　あっ、スープならひたパンつけパンでアリ！　むしろうまい☆」
「ふむ、だがそんな大量のスープがどこにある？
　食堂なら私も先ほどチラッと見たが、
　そこにあった食糧も全て、吸収されてしまった後のようだったぞ」
「あるぇ？　ダメかー」
「にゃふっ、それにしても何かこうなるとＧＫＢって言うより、
　巨大勿体ないお化け（ＧＭＯ）って気がするのだ。
　誰かが食べて処理すれば少なくともこんな事に……ハッ！？」
　指をくわえて剣崎弁当を見上げていた後木 真央に、その時、天啓閃く！
「つまり痛弁引き受け業が成立するかもしれないのだ、写真撮って味の寸評して、
　弁当箱洗って新聞部前に干しておけば弁当箱だって本人の手元に帰ってエコ？なのだ！
　これは戻ったら早速ねこったーＵＰなのだー！」
「モガーー！？（だから戻った後のことなんかより、早く私を助けて頂けませんこと！？）」
「あっ、華蓮ちゃんのことすっかり忘れてたテヘ！
　んー、部室棟にバレーのネットでもあれば、地上でキャッチできそうかな？
　真央ちゃん、ちょっと手伝ってぇ！」
「合点承知なのだ！」


　部室棟に急ぎ走り去る武道と真央、しかし２人の帰りを待たずにその後すぐ、財前 華蓮まで巨大エレナに捕まってしまったのだった。剣崎 エレナといっしょくたに巨人の右手に握られて、
「モガーー、モガーー（狭いキツい狭いですわ！　ちょっと剣崎さん貴女、
　やっぱり太ったんじゃありませんこと？　もっと奥に詰めて頂けませんかしら！）」
　こんな絶体絶命の状況でも、悪態を忘れない華蓮である。モガモガ騒がしいその彼女の隣りで、見知った顔も分からないのか、ガタガタ震えているばかりのエレナ……。
『ギギギギギ……ざぎ、……ケンザギ』
「んっ？　今……エレナの名を呼んだのか？」
　そして地上に１人残った旅鴉 月詠が、いぶかしげに巨人を振り仰ぐ。
「あの弁当、言葉をしゃべる知能があると言うのか……？（さらさら）」
「モガーー！？（って貴女は貴女で、さっきから何をやってるんですの！？）」
「巨人エレナの絵を描いている。ああ、皆まで言うな。
　ただスケッチしてる訳ではなく、観察から弱点や元凶が見つからないかと思ってな」
「モ、モガーー！？（だから！　そんな悠長なことやってる場合じゃありませんってば！）」
「ああ……確かにそうだな。これは失敬。
　もう今にも君たちが、食べられる寸前だというのに（悲観）」
「モ……ガ……？（って、ええええええ！？）」
　エレナと華蓮を高々とつまみ上げる巨人の手。悲鳴を上げてバタつかせる、その２人の足の下にぱっくりと開くのは、底無しの奈落のごとき暗黒の口腔──。