【ワールドクエスト『希水の花と実りの春』（１）】

　四季と大陸を満たす魔力の濃淡には大いに関係があった。海流がそれらを運ぶからだ。循環のルートは季節風によって南北へ一進一退し、熱的変動は魔力分布へも逐一の移動を促す。季節の移り変わりが、植生の豊穣とともに魔をもたわわに実らせるのだ。
　リキッド大陸は色づいていた。鮮烈にまばゆく春を叫んでいた。七色の輝きが河川を照らし出す様に、誰しも驚嘆を抱かずにはいられない。
　それは多様な形をともない描き出されたが、ことに人々が喜んだのが＜希水の花＞だ。花は主に水辺へ咲き誇った。流水へ含有する魔力の源が凝固し結晶化したものだ。触れれば灯り、伝播させる性質を持つ。生命には沸き立つ力を、器物には何者にも侵されざる強固や多彩な奇跡を宿すだろう。
　希水の花はリキッド大陸の、この大地と海を擁する自然の驚異的なめぐり、帰結が生み出したまさしく恵みなのだ。
「……って、アカデミーでは教えてるけど」
「実際に見るのは初めてだったりして。おー、きれーだね～」
　ソフィア（プレイヤー：月原 想花）とシフォン（プレイヤー：黒白 滴）の眼前に、目に見えて春は芽吹いていた。サイディア王国を横切る母なる大河、ラミーネ川のほとりに流れ着いた希水の花々がぼんやりと、無数の色に明滅している。
「いっぱい集めよ～、ソフィアちゃん～」
「待ってシフォン！　そんなに走らないで。転んじゃうわよ」
「大丈夫大丈夫～、わあ！？」
　ともにサイディア王立アカデミーで教鞭をとる才媛だが、希水の花は専門外だ。その可能性へ抱いた好奇心と興味から、実地検証を行うべくここへ足を運んだのだ。
　シフォンがさっそく川の流れへ手を浸し、花のひとつをそっと拾い上げた。日にかざせば透きとおり、七色の輝きを宿す。そっと扱わねばすぐに砕けて、宿した魔力は霧散し消えた。
　ソフィアはふむ、と腕組みし、
「慎重な扱いが必要ね。形は一定ではなく、花弁の数にも違いがあり、抽出可能な魔力量も……」
「マジメだなあ、ソフィアちゃんは～」
　一方シフォンは、ふにゃりと笑んだ。
「こーんなに綺麗なんだもん。まずは楽しもうよ♪」



　ブドー（プレイヤー：志波 武道）は駆けていた。
「イヤー、まいったゼーイ！　こりゃしばらく、王都シードルには近づけないなあ」


　きゅ？　と肩の上で首を傾げたペットのカワウソ、うーちゃんの頭をくりくりと撫でてやる。
　つい昨日のことだ。襲撃によりアルケミックドクター御用達の錬金工房は派手に吹き飛び、その咎を問われて王都を逃げ出した。
「確か、マイロン？　って言ったっけ。あのヒト、まだ俺のこと追っかけてくるかな～。くるよなあ……」
　王宮騎士と名乗ったあの男は、言ったのだ。ブドーの行使した錬金の秘術によって生み出されたホムンクルスが、世に災いを生むのだと。
　ブドーは足を止め、くるりと振り返る。金色の長い髪が風に揺れ、碧緑の瞳がブドーを見つめ返す。カワウソと人間の中間といった特異なフォルムは、ブドーが入手したある錬金レシピが形作ったものだ。幼体ながらにおそるべき破壊力をその身に宿した、なんともあどけない顔をしたホムンクルスがそこにはいた。
　錬金レシピの出所は長らく不明で、たまたま入手したブドーには想像もいたらぬところではあったが、先日の騒ぎを経て少しばかり見えてきたものもある。おそらくレシピは、サイディア王国の王宮から持ち出されたものなのだろう。その創造にはきっと、なんらかの形であの男……ヴィルカスが関わっているに違いない。
　ブドーは深く息をつく。それを見上げたホムンクルスが、うーちゃんを真似てか小さく首を傾けた。
「はは。君はなーんにも、心配いらないよ。俺が必ず守ってやるからサ」
　そういえば、いつまでも君、などと呼んでいるのも野暮ったい。そろそろ名前くらい決めてもいいかもしれない。
　ふむと考え込んでいたら、
「お。なんか綺麗なのが光ってる……ああ、これが希水の花ってヤツか」
　川べりを流れる花という名の輝石たちを見つめるうち、ふと思い浮かんだ。
「金髪、緑目。金緑……アレキサンドライト？　じゃ、長すぎる。そうだなあ……＜レクサ（lexa）＞、ってのはどーカナ？」
　ホムンクルス、レクサはぱちぱちと碧緑を瞬いた。



「す、すごい……！　すごいすごい！　これがぶいあーるってやつなんだね、エイジくん！」
　ノノコ（プレイヤー：野々 ののこ）のはしゃぎように、エイジ（プレイヤー：佐藤 英二）は胸をなで下ろした。彼女が楽しめなくては、今日の冒険には意味がないのだ。
「どう？　動かし方とか分かってきた？」
「うん！　楽しい楽しい～」
　ビーストライダーとしてリキッド大陸へ降り立ったノノコは、相棒の大きなスライムにまたがり、ぽいんぽいんと上機嫌に跳ねている。剣と盾を持ち、スライム剣士として成長してゆく心づもりらしい。なかなかにニッチなチョイスだが、そういえば以前、スライムになった彼女とともに冒険の旅へ出る夢を見たような……ともかく、たいそう気に入っているようである。
「それで、それで？　今日はどこに行くの？　なにしにいくの？」
「えっとね。この王都シードルから少し離れたところを流れてる、ラミーネ川っていう大きな川があって、そこに希水の花っていう綺麗なのがたくさんあるらしくて」
「ふんふん！」
　ノノコは興味津々だ。アバターの顔に浮かぶ満面の笑みに、エイジの頬もほころぶ。
　想い寄せる女の子。幸いにして彼女とは、映画にマンガにゲームと共通する趣味がたくさんあった。ゴアラ映画は何度もいっしょに見に行っているし、おすすめマンガの貸し借りもしょっちゅうだ。最近はＳＦ大作ＲＰＧ『Tales of the Sky』だっていっしょに遊んでいる、今ではかけがえのないゲーム仲間でもある。
　そんな彼女と、『LIQUID』での大冒険をも共有したかった。美しいビジュアルも、奥深いバトルの昂揚も、星をめぐる壮大なストーリーから伝わる繊細な情緒も、全てをともにしたかったのだ。
「ひゃー、広いなあ。世界は広いねー、そんでもって、すっごく綺麗だねー」
　ひゃあ、うひゃあと何事にもつけ喜ぶ彼女を眺めていれば分かる。エイジの試みはどうやら、成功であったらしい。
「あれが希水の花？　うわー、ピカピカ光ってる！　すっごいねえ……あれ？」
「うん？　どうかした、ノノコさん」
　川のほとりへてててと駆け下りたところで、ノノコの目の前に現れた人物たちにはどうやら見覚えがあることに、エイジも気が付いた。
「うわー、アバターってすごいね！　ブドー先輩だー♪」
「おおお、ノノコちゃんだー！？　奇遇だねーい☆」
「って、そっちはエイジじゃない。暗夜竜バーバレスコの討伐以来ね、元気だったかしら？」
　リキッド大陸の外で知るブドーや、幾たびも冒険をともにしてきた頼れる仲間、ソフィアの姿をそこに見つけ、エイジはたいそう驚いた。