No Matter What｜リアクション

No Matter What

　やっと……たどり着いた……。
　陣はグッタリ自室の畳に倒れ込んだ。い草の匂いを吸いこんで、ようやくコーヒーの香りをどこかへ追いやる。
　あのあと「すいませんでしたぁぁぁ！」と絶叫して、陣は研究室を飛び出した。廊下を爆走し大学の敷地からも飛び出して、そのあとどうやって帰ったのかよく覚えていないが、どうにかこうにかここまでたどり着いたのだった。
　危ない。
　あの研究室は、っていうかあの円山先生って人は、危険や。
　教師としてスゲーのはまちがいないけど、今後は気いつけんと。
　でもちょっと顔に感触が残って──いやいやいや！　
『キモッ』
　紅美を思い浮かべる。腕組みして自分を見下ろしている彼女を。汚いものでも見るようなその眼差しを。
『あんたあたしのこと好きとか言っといて、セクシーお姉さんにデレデレ？　マジありえなくない！？』
　そんなことない！　僕は！
　がばと陣は起き上がった。
　OK、迷いは消えた。
　休んでいる暇はない。これからすぐ陣は『クラン＝Ｇ』でバイトなのだ。授業に慣れてルーチン化できるまでは、と説明して少しシフトは減らしてもらったが、このところ店は深刻な人手不足だった。ゆえに現店長リチャード・ヤンからは「バイト募集かけても人こないし。誰かいい人知りませんか～」とせっつかれる日々である。
　とにかく行こう。今日あたり、紅が顔を出しそうな気もするし。
　靴を履いたところでスマートフォンがブルブルと震えた。
　ん？
　ねこったーのDM（ダイレクトメッセージ）だった。今朝、千絵からDMで届いた写真にコメント付けたから、その返事かと思ったがちがうらしい。　
　何気なく開けると、一行目は『当選のご連絡』とあった。
「やだなぁ、こういうのウザいんやけど……」
　独り言が漏れてしまった。詐欺スパムの常套句ではないか。どうせ、さる資産家から三億円があなたに支払われます、とかいうのだろう。その次には、つきましては必要な手続きのための手数料お振り込みを、と来る。送信元のアカウントだけ確認して、ちゃっちゃっとブロックしたほうがよさそうだ。
　ブロック動作のために動いた指を止め、陣は表示された文章を三回読み返した。三回目は特に、念入りに。
「ファァァァッ！？」
　陣はまたもや絶叫していた。