◆ 桃川 圭花は涼しい顔をして数学のテキストを眺めていた。
突如テキストに影が差し込んだ。
「退屈みたいね」
フジコだった。
「退屈だなんてしてないわよ」
反射的に圭花は言い放った。するとフジコは「ふ~ん?」と意味深に頷いて、机に伏せてあった圭花の英詩に手を伸ばす。
「あら、こっちはもう書き終えてるの?……へぇ、なるほど」
フジコがにやりと笑ったのを目の端に捉えると、圭花はすっくと立ち上がって詩を声に出して詠んだ。その声実に高らかに。
「Please!」
視聴覚室に響き渡る悲痛な声。
フジコは注意をするために口を開きかけたが、
「Please let me explain, one or two or few words.」
どうか一言二言だけでもいいから私の話を聞いて。
情感たっぷりに圭花が詩を読むと、フジコはそのまま口を閉ざした。
(ああ、)
主役が舞台に立って、客席すべての視線を集めている快感。
それに似たもの感じて圭花は口の端を上げる。それから続きを自信たっぷりで謳っていった。
「But these things are complicated,
you can't get what about in three words.
I love him or live with him,」
流麗な発音でありながら、一音一音くっきりと浮かび上がるほどゆっくり語っていく。
「no,no,no,」
かと思えば、急激にテンポを上げて、自身の思いを力説していく。
「not with him,he left me,but it's OK,I'm alright.
Past is past,but,but……
I know,it's just joke,peace of cake for you.
But I'm romantic,can't forget and go to next easily――」
ミュージカル。
そう、一言で言えばミュージカルだった。
彼女の背後ではバックミュージックもダンスも演劇が控えている。
そう錯覚させるほど堂々とソロのアリアを歌い上げた。
「Thank you for lithening.」
うっとりと頭を下げると乾いた拍手が教室に響いた。
「ご苦労様」
フジコは静かに笑みをたたえている。それが最高の賛辞であることに気がついて圭花は再度頭を下げた。
「で、退屈そうに眺めている数学のテキストも見せてくださるかしら?」
敬意を払うようにフジコが圭花に尋ねた。
「……先生、これ地球人向けの問題なのよね?」
圭花の言葉を聞いて、フジコはただ静かに笑みをたたえていた。