Halcyon Days.｜リアクション

Halcyon Days.

　さてその日、吉住志桜里がまず向かったのは、収録先のスタジオであった。

「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
「おはようございます」
「おはようございます、440Reさん」

　スタジオに入った志桜里がそう丁寧に挨拶をすると、機材調整をしてくれていた幾人かがぺこんと頭を下げる。利用者の中にはスタッフに対して高圧的な態度をとる者も居るが、高身長と鋭い目つきが迫力を醸しているとはいえ、基本的に穏やかな志桜里の人気は良い方だ――そう、基本的には。
　その、基本『じゃない方』を確認するように、おずおずとスタッフの1人が志桜里に尋ねる。

「今日はお1人、という事でお間違いないですか？」
「ええ。彼女とは別撮りなんです。ですから、安心して頂いて大丈夫ですよ」
「あ……ッ、いえ、その」

　スタッフの質問に、前は怖がらせてしまいましたものね、と言外に申し訳なさを滲ませながら志桜里が応えれば、焦ったスタッフがわたわた両手を振った。が、それ以上の言葉が続かない所を見ると、志桜里の言葉を否定は出来ないらしい。
　仕方ないわよね――と志桜里は、以前に相方と一緒にこのスタジオで収録をした時の事を思い出した。否、もちろん相方と一緒の時は志桜里が高圧的になるだとか、相方の態度が非常に悪いだとか、そういう事はないのだけれども。
　一言でいえば、2人の制作スピードの違い。スタジオの手配の都合がどうにもつかなかったり、制作上の都合でどうしても2人同時に収録した方が良い場合もあって、たまに志桜里たちは一緒にスタジオ入りして収録する時があるのだが。
　そうなると、テキメンに荒れる。具体的には、直観タイプの相方が志桜里の速度に合わせる形になると待ちぼうけになってしまったりするし、語気に拘って何テイクかやり直そうとしようものなら、ビリビリと凄まじい殺気を遠慮なく辺りに撒き散らすのだ。
　もっとも、繰り返しになるがその殺気のせいで志桜里達が戦い始めるだとか、スタッフなりスタジオの備品なりに当たり散らすなんてことは基本的に、ないのだけれども。尋常ならざる殺気に中てられて平然としていられる者は、そう多くはない――たとえそれが自分に向けられたものじゃなくても。
　ゆえに、最近スタジオに入ったばかりだというこのスタッフが、たまたまその場面に居合わせてしまった結果2人がそろう事を警戒するのは、仕方のない事だった。相方にも言っておかなくちゃね、と心の隅で思いはするが、どうせ言ったところで結果は何も変わらないのも判り切っているし、今に始まった話でもないのでスタッフにも心を強く持って欲しい。
　そんな事を考えながら、志桜里はスタジオに足を踏み入れ。始めた収録はいつもの通り幾度もテイクを重ねる事となり、スタジオを抑えた時間いっぱいまで引っ張ってしまったが。
　おかげでどうにか納得のいく収録が出来た、と満足に志桜里はスタジオを後にした。スマホでちらりと時間を確認し、これなら十分間に合うでしょう、と向かうのは道場だ――今日も、師範代のお仕事が志桜里を待っている。