Halcyon Days.｜リアクション

Halcyon Days.

　師範代の仕事、と言っても志桜里の場合はマネージャーというより、チーフ・インストラクターというイメージが世間一般には近いだろう。志桜里が直接指導する事は実を言えば殆どなく、門下生の個々の指導の大半は、各指南役――いわゆるインストラクター的な存在――が担っているので、そちらの監督の方がメインである。
　とはいえ、個人レッスンが入っていない訳ではない。さらには、道場での当番制の炊事係に交じってあれこれする時もあるが――まあそれはただの趣味なので、仕事とは言えないだろう。
　ゆえに志桜里は道場入りするとまず、各指南役を集めて指導状況の確認を行った。それとは別に門下生から直接話を聞くこともあるが、今のところはそちら方面の、志桜里が直々に処理しなければならない事案はなさそうだ。

「じゃあ、今日の報告をお願い」

　志桜里の言葉に指南役たちが、それぞれの受け持つ門下生についての報告を始める。大半は問題ないという内容で、そろそろステップアップを考えているとか、逆に思ったよりも伸びが悪いようなので別方面からの指導も必要かもしれない、といった話。
　だが、中には門下生と指南役の間でのトラブルも、僅かながら見受けられる。

「そう……指導になかなか従わないのね」
「ええ。強く言えば最終的には動いてくれますが」
「それでも動いてはくれるなら、まだ様子見でも良さそうだけれども」

　ふぅむ、と考える志桜里にその『問題児』の指導に当たる男の眉尻が下がった。その表情に、私もあとで覗きに行きますね、と志桜里は少し宥めるような口調で添える。
　お願いします、と頭を下げた男に頷きつつ、他の指南役からの報告も受けた志桜里は必要に応じて指示を出し、情報を取りまとめて解散を告げた。そろそろ門下生達がやってくる時間だ――志桜里も、志桜里が個人的に受け持っている門下生のレッスン準備をしなければならない。
　ゆえに志桜里は、パラリと今日のスケジュールをめくる。

「秘ぃが来る時間は判ってるから、あとは――ん、4人……？」

　そうして記されていた今日の生徒達の名前に――正確にはその人数に、志桜里は思わず目を疑っていったん天井を見上げた。それからもう1度スケジュールを確認するが、やっぱり人数は変わらない。
　4人、と志桜里は胸中で繰り返した。勿論志桜里にとってこなせない人数ではないが、なかなかタイトなスケジュールになる事は間違いない。
　ゆえに、志桜里はスケジュールをデスクに放り出してぼやいた。

「もう、誰よ日に4本もレッスン入れたのは……って、私だわ」

　――そう、志桜里のスケジュールを決めたのは、他ならぬ志桜里自身である。あの時の自分を殴ってやりたいという衝動に駆られたが、あの時がどの時なのかすら、もう覚えてはいない。
　ちらりと時計を見れば、そろそろ秘月は大学の講義が終わる頃。いつも通りのスケジュールなら、あともう少ししたら道場に顔を出すはずだ。
　それまでにこの4人のレッスンには目途をつけておいて、終わらないまでもどうにか秘月の個人レッスンに対応出来るようにしておきたい。そう、志桜里はため息を吐き――ふ、と気合を入れた瞬間の獰猛な獣の如き表情をたまたま目撃してしまった、門下生の1人がぶるりと背筋を震わせた。

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