【お花見】桜舞い降る寝子島で、大団円のひと時を。｜リアクション

【お花見】桜舞い降る寝子島で、大団円のひと時を。

　食べ終えた朝食の食器を片付けて、朝鳥さゆるは視線を巡らせた。

「じゅん。あたし、買い物に行くわね」

　それは、さゆるの日曜日のルーティンだ。ニチアサを観てから朝食を摂り、食料品の買い出しに出かける――そうしてその間、同棲している姫木じゅんは撮り溜めていた1週間分のアニメを見る。
　ゆえに声を掛ければじゅんは、んー、としばし考えるようにフォークをゆらゆらと蠢かせ。それからカチャンとお皿に置くと、珈琲を飲み干して立ち上がる。
　おや、と目を瞬かせたさゆるに、そうしてじゅんは予想通りの言葉を告げた。

「あたしも行こうかな。ちょっと待ってて」

　――たまに、ごくたまにだけどじゅんはこうして、さゆると一緒に買い物に出かける。どうやら今日はその『たまに』の日だったらしいと、身支度を始めたじゅんを見ながらさゆるは考えて。
　こちらも支度を整えるうち、じゅんはすっかりお出かけ準備万端だ。「まだなの？」なんて可愛らしく急かしてくる恋人に、微かに目を細めながらさゆるも手早く身支度を終え、靴を履く。
　そうして2人歩き出した街並みは、気付けばすっかり春の装いだった。ぽかぽかと暖かな陽気はただそれだけで、なんだか足取りが軽くなるよう。
　ふわり、鼻腔をくすぐるのは春の匂い。それを、無意識に胸いっぱい吸い込んでいたさゆるは、傍らのじゅんも同じように、大きく息を吸い込んでいる事に気付き――その眼差しに気付いたじゅんが、さゆるを振り返って。
　クスッ、互いに笑み零す。そうして気付けば互いに指を絡め合い、手を繋いで歩き出したさゆる達はいつしか、寝子ヶ浜海浜公園へと足を向けていた。

　本当は、買い物に行くはずだったのだけれども。――あまりにも春が爛漫としていて、桜が美しいものだから。
　それに導かれるように辿り着いた、寝子ヶ浜海浜公園はちょうど桜が満開になって居て、どこもかしこも花見を目当てに訪れた数多の人でとても賑やかだ。行きかう人々の楽しげな声、所狭しとビニールシートを広げて盛り上がる花見客、立ち並ぶ屋台の威勢の良い呼び込み――それから、

「さぁー、お次はエントリーナンバー15番だぜ！！」
「こんにちは！　寝子島高校アイドル活動研究部でーす！」

　ステージでは何か、イベントらしきものが行われている。寝子高、と聞こえた言葉に少し反応をしてしまったのは、それがつい先日ようやく卒業した母校の名だったから。
　ついこの間だったようにも思う卒業式は、けれども今はなんだか遠い。4月からは木天蓼大学法学部に通いつつ『プロムナード』のキャバ嬢として働くことが決まっているからか、それとも。
　――ぎゅっと、じゅんが繋いだ手に力を入れた。ふ、と傍らを見ればどこかつまらなさそうな顔。

「煩いわ」
「――そうね」

　そうして唇を尖らせた、じゅんにさゆるも頷いてステージから離れ、また人混みをかき分けて歩き始める。此処は、あまりも沢山の音と声と気配と人いきれに溢れていて、どうにも落ち着かない。
　ゆえに喧騒を避けるように、奥へ、さらに奥へ。屋台の界隈を通り抜け、ビニールシートを敷いて盛り上がる人々を通り過ぎ――やがて辿り着いたのは奇しくも、思い出のベンチだった。
　ここ、と足を止めたさゆるの手をさっさと引いて、じゅんがベンチに腰掛ける。あまりにも淡々と、何の感慨も無さそうに――でも繋いだ手から伝わってくる熱は、そうじゃないと教えてくれる。

「じゅん」
「歩いて来て疲れたわね」

　ゆえに声を掛ければじゅんが、蠱惑的に微笑みながらさゆるを見上げ、ぽん、と傍らを軽く叩いた。導かれるままに座った距離は、あの日と同じだろうか。
　――ここは、去年2人で訪れた際にキスをした場所だった。花盛りの桜達からは少し外れてしまっていて、遠目にしか薄紅の花は見えないがゆえだろう、人気も殆どない。
　だが――かえってその方が良いのかもしれないと、思った。

（だって、まるで）

　別れの前触れのようで、不安に駆られたから。――はらはらはらと、まるで散り急ぐように舞い散る花弁が、何かの終わりを予感させるような気がしたから。
　ぎゅっと、じゅんの手を握りしめた。きっと、じゅんは今自分と同じ気持ちで居ると、訳もなく確信した。
　そうして――さゆるとじゅんは、どちらからともなくそっと唇を重ね。――いつ終わるとも知れない、長い長い時をただ、互いのキスに溺れ続けたのだった。

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