【お花見】桜舞い降る寝子島で、大団円のひと時を。｜リアクション

【お花見】桜舞い降る寝子島で、大団円のひと時を。

　生徒会室の窓からも、満開の桜はよく見える。時折手を止めてその光景を眺めながら、月原想花は黙々と議事録の整理を続けていた。
　別に、どうしてもやらなければいけない仕事ではない。現に、生徒会室に居るのは想花だけだ――春休み中だというのに、別にやらなければならない用事があるわけでもないのに、わざわざ制服を着て学校にやってくるのは多分、物好きくらいだろう。
　もっとも、想花は別に物好きという訳ではないと自負している。さりとて、他の一部の生徒のように補修を受けに来たついで、というわけでもない――期末は大丈夫だったのだし。
　だから。――想花は純粋に、生徒会書記の仕事の一環として、議事録の整理のためだけにここに居る。
　――否。

（――ロロ）

　ふとした瞬間に浮かぶ親友の顔に、ぐッ、と奥歯を噛み締めた。それを掻き消すようにブンと強く頭を振り、努めて目の前の議事録に集中しようとする。
　だって想花は、次の選挙で生徒会役員を降りる事になるから。今から、多少なりとも整理をしておけば、後任に引き継ぐのがきっと楽になるから――だから。

（――ロロ）

　それでも浮かんでくる面影に、グッと眉間に皺をよせた。ロロは――親友の川上紗櫻都は急転直下過ぎる想花の人生において、あまりにも大きな存在感を放っていた。
　そもそもの始まりは、なりゆきでロロの母親のヘアサロンで髪を切った事だろう。普通ならそれで終わるはずの話は、なぜか普通には終わらないどころか、それがきっかけで読モデビューをする事態になった。
　それだけでも、平凡な女子高生の一生としては大き過ぎる出来事。だというのに、そのロロが今度は交通事故に遭って、一生松葉杖なしでは歩けない身体になってしまったのだから、急転直下が過ぎるというものだ。

「――ロロ」

　遂に想花は手を止めて、はぁ……と重いため息を零した。また、窓の外の桜へと視線を向けて、暫し見つめる。
　母親のような美容師になりたいと言っていたロロが、今後、美容師になるのは非常に難しいだろう。世界中を探せばもしかして、そんな例もあるのかもしれないが、すでに美容師であった者が歩けなくなったのならともかく、これから資格を取ろうとしていた者が歩けないのはかなり、致命的ではないだろうか。
　それを、思う。――松葉杖をついてた、ロロを思う。
　いったい今、ロロはどんな思いでいるのだろう。実質的に目指していた夢を閉ざされてしまったロロの目に、今、この世界はどう映っているのだろう。
　答えの出るはずもない疑問をグルグルと考えていた想花は、そんな自分に気付いてブンと強く頭を振り、また議事録の整理へと戻る。生徒会室に誰も居ないのが、今はただありがたい。

　パラ、パラ、パラ……
　カリカリカリ……

　誰もいない室内に、想花が議事録をめくる音と新たな用紙に整理し書き写す音、それから時折調べ物のためにファイルを開く音だけが淡々と響く。無心であれと、自分に言い聞かせながら想花はそれらの音を生み続け、議事録の整理をし続ける。
　――ふと、肩の辺りに疲れを感じて手を止め時計を見上げると、もう2時間ほども経っていた。そんなに、と瞬きながら再び窓の外を見つめれば、桜は相変わらずそこにあって、満開の花を静かにはらはらと散らしている。

　はら、はら、はら……

　その光景はあたかも、この世のものではないように感じられて。――この生徒会室だけが、世界からぽっかりと切り離され、取り残されてしまったような心地がして。
　想花はただ静かに、散りゆく桜を見つめていた。魅入られるように、見惚れていた。

　――今の想花に出来るのは、たったそれくらいの事しかないのだ。