【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ｜リアクション

【七夕】ポニーテールとＳＵＭＯ

　土俵の側には川があり、川を下ると笹林。川を登っても笹林。
　浮舟久雨は川を登ってみることにした。
　笹の林に入ると、密集した笹に邪魔されてすぐに川を見失ってしまった。
　それを少し残念に思ったが、しばらく歩くと突如、土俵際の喧騒がふっと消える。
　その静けさは、嫌いではなかった。
　久雨は笹のざわめきに耳を傾け、ゆっくりと歩みを進める。
　すると聞こえなくなったはずの川のせせらぎが聞こえてきた。
　そのまま歩いていると、開けた空間があり、その真中に川が通っていた。
「綺麗、だな」
　川を覗きこんで、輝く水面に目を奪われる。
（幻想的、という言葉がこれほど似合う風景もなかなかないだろうな）
　しばらく川に見入ってから、久雨は浴衣の裾を膝辺りまでたくし上げて、そっと右足を川にひたした。
「んっ……」
　存外冷たい水に、ぶるりと肌が震える。
　けれどけして不快なものではなく、残る左足も川の中に入れる。
「……ひんやりしていて、気持ちが良い」
　そのまま川辺に腰掛けて、久雨は瞳を閉じた。
　ザザという物音がはっきりと聞こえた。

　夜空に咲いた大輪の花火。
　それをそのまま映しこんだような浴衣をまとった彼女に、畑生言嗣は目を奪われた。
　彼もまた相撲に魅力を感じず、散策に出た。川上に向かって。
　すると、突然視界に花火が咲いたのだ。
　最初はなにかと思ったが、眩ゆい青い髪を見て、言嗣は更に驚いたのだ。
（彼処にいるのは愛しの久雨君ではないかね）と。
　普段は男装している彼女が見せる稀有な姿。
（普段着が普段着だ、これは然と網膜と脳内に刻み込まねばならないね）
　声をかける前に、言嗣はジッとその姿を見つめていた。
（普段も素晴らしいが、これはまた格別と言いざるを得ない……）
　細い首筋から始まる流れる曲線。
　その姿を存分に楽しんでいると、突然、彼女が浴衣をめくり上げる。
　思いもよらない行動に言嗣の心臓が跳ねる。
　一体なにを、と思うまでもなく、彼女は川に両脚をつけ、涼んでいる。
　言嗣は胸を押さえ、逸る鼓動を整えてから、声をかけようと口を開く。
「む、言嗣か。貴様もここに来ていたのか？」
　しかし彼女が先に振り返り、言嗣を見つめた。
　自分の浴衣姿は、いつもより伸びた髪は彼女の目にどう映るのか。
　冷静にそんなことを考えながら、
「あぁ、どうやら君もなようだね。久雨君」
　といつも通りに言い放った。
　はしゃぐ姿を見られて悔しいのか、久雨は言嗣の顔を直視しようとしない。
　なるほどと思いながらも、言嗣は『思ったこと』を口に出した。
「しかし相変わらず魅力的だね。
　特に今回はいつもと違って素肌が見える分刺激的だよ」
「なっ!?」
　真っ赤に熟れた久雨の頬。言嗣は至極真面目な表情で、久雨に近づいていく。
「あぁ、でもそんな素足で入っては体を冷やしてしまうよ」
「貴様はまた…！」
「此処は頬すりして熱をとらねばならないようだね……！」
　そう言う時には、言嗣は久雨の隣に腰掛けて、
「私をおちょくるのもいい加減に」
　ツツと彼女の脚を指でなぞる。
「……は？」
　有言実行を示すように、言嗣は久雨の脚をそっと持ち上げて、頬を近づけていく。
「冗談だろう？　おい、足に触るな！離せ、」
「何を躊躇っているのかね！？風邪をひいては大変だろう！」
　はしゃぎながらも、言嗣は久雨の姿をじっくりと観察する。
　やはり、可愛らしい人だと言嗣は思った。
　水しぶきが上がり、笹林が騒がしくなる。