授業風景～２年普通科の場合～｜リアクション

授業風景～２年普通科の場合～

　巧は、安堵した表情で煉の肩に手を置く。「そうか」と呟けば、彼はにっ、と笑を強めた。
「そんなら、後は準備をして夢に進むだけやな。留学先でも、思いっきり学んでくるとええ。応援しとるし、なんか困った事あったら相談に乗るで」
「はいっ」

　その様子を見つつ弁当を食べる友子。彼女は実に幸せそうに卵焼きを食べていた。そして一息つこうとお茶を飲んでいると、さっきまで観察していたタヌキがまた近くを通り抜けていった。そして、それに続けてすこし大きな音が。物陰に隠れて見えづらかったが、大きさから言ってイノシシだろうか、と友子は首を傾げる。
「やっぱり、タヌキは美味しそうです。あー、でもイノシシも……お肉に臭みがあるけど食べられますし」
「さっきイノシシだったら子供連れをみたよ」
　ちょっと休憩するべかなあ、と呟きつつ澄佳が傍らに座れば、彼女はクッキーを友子に勧める。そして若菜と五郎八、1人で観察を続けていた冴来も誘えば、休憩するつもりだったのだろう、軽く頷いた。澄佳は３人にもクッキーを渡す。
　澄佳が若菜達に、どんな動物を観察したのかを問えば、楽しげに声が帰ってきた。
「ヤマバトかメジロがいないか、木の上を見ながら歩いてたら結構見つかったよ。さっき書きあがったけど、こんな感じかな」
　若菜は途中で見かけたカラスやヤマバト、メジロの模写を見せる。それは行動だけではなく翼の広げ方や動かし方なども模写されており、実にわかりやすかった。ステンドグラスのデザインを考えたりする彼女は模写を得意としていたからだ。
　五郎八はセキレイやヤマバトだけではなく、サルの観察もしていた。事細かに書かれたそれらに付け加えられたのは、一首の和歌。
「……五郎八ちゃん、すっかり和歌脳だね……」
「これはこれで、興味深いと思うけれど」
「牛瀬先生、どう反応するかなぁ……」
　若菜の言葉に冴来は感心したように頷くも、五郎八は首を傾げる。ちゃんと動物の行動などについて書いてある為、レポートとしては申し分ないのだが少し気になった。
「おもろい事考えたな」
　急に声がする。顔を上げるといつの間にか巧がいた。五郎八は思わず書きあがったレポートを落としそうになる。その姿に笑いをこらえながら、巧は和歌に目を通していく。
「……これはシカのやないか？」
　巧が指差したのは、サルのレポートに書かれた一首。その和歌の内容にサルを意味するような言葉はなく、首をかしげていると五郎八はメガネを正す。
「その和歌は詠み人が『猿丸太夫』なんですよ。咄嗟に浮かばなくて」
「ああ、なるほど……」
　頷く巧であったが、自分はそういう事に疎いと小さく苦笑する。若菜が「あー、五郎八ちゃん、和歌モードに入りやすい状態なんで……」とフォローすれば、何か思い出したように巧は笑った。

（そろそろ時間ね）
　冴来は五郎八たちの会話を聞きながらそんな事を考えた。けれども、まだ動物達と遊んでいたい気持ちがあり、淋しげにうつむく。
（牛瀬先生は嫌いじゃないし、困らせるつもりはないけれど……隠れていたら、心配してくれるかしら？）
　ふと、周りを見渡していると巧が時計を見て頷いていた。
「そうやな、のこり５分で集合時間やな。そろそろ動いたほうがええで。……花風さん、どないしたんか？」
　少しぼんやりしていた冴来が気になったのだろう。巧が穏やかに問う。「大丈夫です」と答えれば、生物教師は安心したように笑う。その顔を見て、なんとなく……自分がいなくなったら探してくれそうだな、と思った。
　その後ろで、再びがさがさ、と草むらが揺れる。生徒達はきょとん、となったものの巧だけはふふ、と楽しげな顔をする。
「ちょっと忘れ物したみたいやな。ちーっと先に集合場所へ戻ってて貰えんか？」
　巧がそう言うと、五郎八達は頷く。そしててきぱきと片付けを始めた。巧はそっと背を向けると……音の方へと歩み寄った。

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