そんな一日があってもいいじゃない｜リアクション

そんな一日があってもいいじゃない

　三毛谷道哉はふらりと散歩をしたい気分になった。青年の姿にはならず、三毛猫として街中を歩く。
　二本の尻尾を機嫌よく振りながら花緑青（はなろくしょう）駅に立ち寄った。姿勢を低くして改札を走り抜けると駅長室へ向かう。
　僅かに開いたドアからするりと中に入った。
　書類棚が並んだその奥に立派な机が置かれ、駅長の餅々きなこが椅子に踏ん反り返っていた。急ぎの仕事はないのか。ふわふわと浮かんでは書き掛けの日誌を見て大きな欠伸をした。
「あ、みちちかくんだ！」
「猫の姿に慣れたみたいだね」
「きょうは、どうしたの？」
　きなこはくるくると回りながら聞いてきた。道哉は机に飛び乗ると背筋を反らすようにして伸びをした。
「単なる散歩だよ。そうそう、私の人の姿はあまり周囲に話さないでくれよ」
「そんなこと、しないけど、どうして？」
「可愛い猫の姿でいると何かと便利なんだよ。女性にもウケがいいんだ」
「それ、しってる！　すけこましっていうんだよね！」
　きなこの笑顔に道哉は取り敢えず、にゃ～、と言葉を濁すように鳴いた。
「私は次のところにいくよ。きなこも一緒に来るかい？」
「どこにいくの？」
「決めてない。ふらふらと歩いて回るだけだよ。それでいいなら」
「いく！　いっしょにふわふわする！」
「ふわふわって。じゃあ、行こうか」
　道哉は勝手気ままに歩き出す。きなこは上から付いていく。
「ねこじまのねこちゃんに、あいたいかも！」
　突然のきなこの提案に道哉は、いいね、と一言で応じた。

　寝子島の海辺をきなこがふわふわと漂う。三毛猫の道哉は防風林を縫うように歩き、海の方に目を向けた。
「うみでおよぐんだね！」
「この時期、海では泳げないよ。そうではなくて海釣りをしている人を探しているんだ。小腹が空いてきたからね」
「そうなんだ！」
　前から若い女性が歩いてきた。宙に浮かぶきなこには気付かず、道哉に反応した。
「三毛猫ちゃんだ。キミ、毛並みがいいね。どこかの飼い猫ちゃんなのかな」
「にゃーん」
「こびてる！」
　きなこの指摘に動じず、道哉は猫目となって耳の裏側を後ろ脚で掻いた。女性は瞬く間に笑顔となった。持っていたスマートフォンを近づけて何枚も画像に収めた。
「可愛い姿がいっぱい撮れたよ。ありがとね、三毛猫ちゃん」
　女性は手を振りながら上機嫌で歩き去った。見送るきなこは、ごはんは？　と口にしたが聞こえていないようだった。
「こんなこともあるさ。次は、そうだな。八重さんの店に行ってみようか」
「だれかしらないけどいく！」
　二人は道路を渡り、キャットロードを目指した。

「ここだよ」
　道哉は足を止めた。
　目の前に喫茶店のような外観の店があった。屋号を目にしたきなこは頭を傾げながら口籠る。
「よめないんだよ！」
「きなこには難しいかもね。『space彩菓詩』って書いてある。客層がとても広いんだ。幽霊や妖怪、あとは空の上の住人も利用している」
「はやくはいろうよ！」
「そうだね」
　きなこは待ち切れず、ドアを突き抜けた。道哉はドアノブに飛び付いて器用に開けた。
「久しぶりですねぇ」
　八重トラが気さくに声を掛けてきた。ふわふわと飛んでいるきなこにも目を向けてにっこりと笑う。
「可愛いお客さんですねぇ。くつろいでいってくださいねぇ」
「わたしがみえる！　にんげんなのに！」
「またまた～、普通の猫またじゃないですかぁ。口がお上手ですねぇ」
「小腹が空いたんだけど、猫用の食べ物はあるかい？」
　道哉は見上げるような格好で言った。
「もちろんありますよぉ。お代は、そうですねぇ。霊界の情報でどうでしょう」
「それなら耳寄りな情報がある。黄橡（きつるばみ）駅に一夜で沈んだ屋敷の話だ。どれでどうだい？」
「いいですねぇ。星幽塔で名を売ろうとしているとレジャーハンターさん好みの話になりますよぉ」
　早速、道哉が詳細を語り始める。トラは相槌を打ちながら手帳に内容を書き込む。きなこは人が集まっていた掲示板の内容に興味を示した。
　その三十分後、道哉はテーブルの上で『猫またび』という猫専用のクッキーを頬張る。アルコール成分とは異なる酩酊感に身体を揺らした。きなこは大玉の飴を口に含み、片方の頬を膨らませた。
「きなこあじがさいこうだね！」
「クッキーもいい。この酔う感じが堪らない」
　食べ終わるときなこが掲示板の話を始めた。
「あのね！　せいゆうとうの、だいはちかいそう？　のくにでおまつりがあるんだよ！」
「ダソスという国があるところか。面白そうだ」
　二人の散歩という旅は終わりそうになかった。

このページにイラストを設定する

そんな一日があってもいいじゃない

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧