で、気がついたら寝子島総合病院のベッドの上だったわけだ。
　強制入院一ヶ月。
　といっても最初の一週間は意識がない状態で、一時はヤバかったらしい。
　意識が回復したときは驚いたな。
　目を開けるなりぐるっと、『プロムナード』の面々に囲まれて見おろされるはめになったんだもんなあ。
　え？　何？　何が起こった！？　ってうろたえたよマジで。
「若先生っ！」
　と最初に悲鳴に近い声を上げたのが沙央莉（三木 桜咲香）で、
「みんな！　先生が起きたっすよ！」
　あんなが呼びかけ、
「先生心配したですよおお！」
　どたどた駆けつけた親父さん（アーナンド・ハイイド）はもうボロ泣きで、
「アイヤー！　生きててよかたよウワアー！」
　恋々なんてこれだし、
「遅いよ！　目覚ますのが！」
　なんでかまみ子（姫木 じゅん）は怒ってたよなあ。涙目で。
「リスポーンおめでとうございます。ナイスファイトでした」
　揚羽（烏魚子 一紗／からすみ・かずさ）は敬礼し、
「そろそろだって聞いてたから、みんなで待ってた」
　夕顔さんが状況を説明してくれたんだ。
「よかった」
　大学受験のさなかだったろうに泰葉まで来てたし、それに、やや遠巻きながら、
「若先生」
　NACCHI（成小 瑛美／なるこ・えいみ）がほほえんで立ってたことにも、なんだかほっとしたんだよな。
　ハデに転倒して自分のスクーターに踏み潰された、一言でいえばそういう事故だ。ギャグ漫画みたいな状況なのに誰も笑わなかった。みんな、一時は本当に覚悟してたらしい。
　無理もないか。
　……ちょっと前に、九鬼姫を送ったばかりだからな。
　以後、一ヶ月。見舞いに来たオタ友たちは目を丸くしただろう。
　ちょっと得意ではあるがだいぶ照れくさい。
　なにしろ、ひっきりなしにタイプの異なる美女が出入りするのだから。ほとんど毎日、『プロムナード』の嬢たちは誰かしら訪れたから、からかわれるどころの騒ぎじゃなくて本当に参った。
　真遠が病院にいる間にも店には変化が訪れていた。
　たとえば泰葉からは、「おかげさまで」と木天蓼大学合格の報告があった。しばらくは学業中心でたまの来店となるが、来月からバイトとしてプロムナードに復帰するという。
　合格はめでたい。応援したいな。
　沙央莉との指名争いも再燃しそうだ。二年ほど前からすれば嘘みたいだが、ふたりは仲良くなってるみたいだしバチバチって感じじゃなく健全な競い合いになるだろう。泰葉推しの客も戻ってくるだろうし、なにより雰囲気が明るくなっていい。
　別の日にまみ子が「今日は面通しって感じで」なんて言いながら、異様なまでに照れながら新人嬢を連れてきた。
　さもありなん彼女はまみ子の恋人で、同棲相手でもあるんだ。たまげたなあ、「これでまだ十八か？」って言いたくなるくらい大人びた美人だったんだから。一度見かけたことがあるあの女性、やっぱり……とは思ったが、まさか高校生だったとは。まみ子とは逆の意味で神秘の世界だ。入院中だったもんで俺は面接できなかったけど、もし担当してたら俺、緊張でまともに話せなかったかもしれない。
　で、その後はリハビリだが、やはりというかしんどかった。
　はじめて車椅子から立って、痩せ細った足を見たときは愕然としたもんだ。こんなんで俺歩けるの！？　って。
　それでも俺の場合は、回復の見込みがあるだけマシだった。
　俺より後に入院した女子高生（川上 紗櫻都という名前らしい）はケガがひどく、一生杖なしで生活できないらしい。それでも懸命に頑張る彼女を見て、最近は「よっ」と声かけてテキトーな会話できるくらいの間柄になった。
　そうそう。彼女と親しくしているベリーショートの子、何度か見かけたな。これまたモデル並みの美少女で、ふたりならぶとティーン雑誌の表紙みたくなるんだよな。
　真遠はため息をついた。
　紗櫻都について考えると、どうしても心の底に、黒い澱（おり）が溜まっていくような気がする。
『やっと行けるようになったよお見舞い！　ギリギリセーフって感じだけど』
　数日前、文梨みちるからNYAINメッセージが入ったのだ。
『待たせたねゴメン！』
『来てくれるのはありがたいけど、もう俺明日退院だしそっちは猛烈忙しいだろ？　無理すんな』
『仕事忙しいのはホントだけど、実は仕事がらみで寝子島に行くことになって』
　仕事のついでと言ってもらえると真遠としても気持ちが楽だ。事故の報を聞いてからみちるは、ずっとお見舞いに行くと言っていたのだ。何度もくりかえして。しかしいまや全国的有名人にして超売れっ子のみちるを、自分のために拘束するのは気が引けた。
　クライアントとの打ち合わせがあるのだという。　
　同じ日に寝子島警察署で警官向けの講演会も行うそうだが、これは優先順位としては二番目で、義理のある警察関係者のたっての願いで仕方なく引き受けたものだだそうだ。テレビによく出ているわりに、「講演会は苦手！」とはみちるの弁だ。
　メインはやはりクライアントとの打ち合わせ、民事裁判の準備だ。
『いずれ報道されるから書いちゃうけど、星山くん入院してる間に寝子島で事故があったでしょ。ニュースで観なかった？　あの件の、被害者の弁護』
　あの件、か。
　もちろん真遠は知っている。ビル外装の建設現場で資材の落下事故が起こったのだ。安全対策が不十分だったため資材は歩行者を直撃、重傷を負わせるにいたった。
　痛ましい事故だが問題はそれにとどまらない。
　事故を起こした建設会社が責任を否定し、補償を全力拒否したばかりか風評被害がどうのと言って、あろうことか被害者に対し損害賠償請求の提訴に及んだのである。真遠からすれば逆ギレここに極まれりといったトンデモ話だ。
　世間の反応もおおむねそうだったが、しかしこの暴挙を強烈に支持する層が一定数いるのも事実だった。
　ねこったーをはじめとするネットの世界を検索すればすぐにわかる。紗櫻都がいわゆる『ハーフ』であること、若い女性であることに目を付けたのか、『偽装被害者クレクレ外国人に正義の裁きを！』『嘘つき女様への天罰ザマぁ～』『真の日本人なら建設会社を応援するべき。ガイジンは出て行け』などと醜悪な言葉で被害者を叩き建設会社を称揚する声が無数に渦巻いているのだ。憶測に基づく嘘、ねつ造も大量だ。これを知ってしまい、真遠は誇張ではなく本気で吐き気をおぼえたものだ。
　――事故被害にあったのが、あの紗櫻都という子だ。
　いつのまにか窓の外の灰色の壁も、宵闇のブルーに塗り変わっていた。
　そろそろ面会時間も終わりというころに、
「来たよっ」
　ベッドを囲むカーテンを、文梨 みちるが威勢よく開けた。