ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　あなたに会いたくて

（ぐわあああああああああ！　やっちまったー！　卒業してから熊センセーが好きだって気づくなんて！）
　化神小次郎は赤くなったり泣きそうになったり百面相をしながら走っていた。
　傾いて来た太陽が浅い黄色みを帯びた光で寝子高の校舎を照らしている。
（卒業したらもう会えないじゃん！　なんてこった！）
　今から告白すれば間に合う？　いやいや絶対無理だ！　恥ずかしすぎる！
　せめて。
　せめて熊センセーの顔をもう一度見たい。
　その思いだけで小次郎は走っていた。
　今どこにいるだろう。
　学校にいてくれるだろうか。
　祈るような気持ちで向かった先は武道場。吉田熊吉が顧問を務め、小次郎がマネージャーをしていた相撲部の活動場所であった。
「はぁ、はぁ……熊センセー！」
　熊吉は、いた。土俵のあるこの場所で、部員の名前が書かれた木札を感慨深げに眺めていた巨体の男は、息を切らして現れた小次郎を見て目を丸くしていた。
「どうした化神、忘れ物か？」
　忘れ物、といえば、忘れ物かもしれない。伝えていないこの気持ちをそう呼ぶこともできるだろう。
　……だが、言葉が出て来ない。
「そうか化神も別れ難くて来ちまったか」
　その通りだ。土俵じゃなく熊センセーとだけど。
　好きだと。言うか、言うまいか。
　小次郎は長い沈黙の末、深々と頭を下げた。
「先生、今まで相撲部でお世話になりました！」
　言いたかったことはそれじゃない。でも今はこれが精いっぱいだ。
「おう。こちらこそだ。せっかく来たんだ、少し話していかないか。缶ジュースぐらい奢ってやる」
　熊吉はその大きな手で励ますように小次郎の背中を叩く。その力強さに小次郎の胸は高鳴った。

「はいっ！」

　今日はまだ告白はおあずけ。でもいつか、この想いを伝えられたら――。

◇

　これってナンパになるのかな？
　寝子高のそばの自販機の前で、名も知らぬアホ毛の少女と向き合いながら、佐藤英二はそんなことを思う。
　寝子高生なら買うと思って入荷したのだろうか、この自販機には他では見られないような珍しいジュースが売っていた。

「こんにちは。唐突に話しかけられて戸惑うと思うんだけど……
　良かったらこれでも飲みながら少し話さない？
　何故か君と話したい気分になって」

　怖いもの見たさで買ってしまった『焼きそばパンサイダー』というどんな味か想像もつかない缶ドリンクを差し出すと、少女は受け取ってニッコリほほ笑む。いいよ、と。
　良かった。話を聞いてくれるみたいだ。
「顔も名前も思い出せ無いんだけど……」
　と英二は切り出す。
「僕にはすごく仲良く過ごしてくれたクラスメートの女の子がいたんだよね」
　その娘はとにかく明るくて、ノリが良くて。
　一緒に学校行事で交流したり、お出掛けして食事したり、ゴアラの映画を観たり、ゲームの話をしたり。
　高校生活いろんな体験を共有して、おかげでスゴく楽しくて充実してた気がするんだ。
　そんな話を、少女はうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれる。
（初対面なのにフランクに会話が進むのは何故だろう？）
　英二は話しながら不思議に思っていた。
　だからつい、言ってしまったのだ。
「僕はその娘に感謝してる。その娘の笑顔を見るのが好きで、いつも幸せにニコニコしてくれていることをずっと願ってる、と思う。また会えて一緒に過ごせたらものスゴく幸せだな、とも……」
　自分が……こんな風に思っていたんだと、自分が口にした言葉を聞いて、少し驚いた。
　少女もすこし瞳が潤んでいるように見える。
「初対面の人に話す内容じゃ無いかも……だけど。うん、そうだよね」
　英二は自分の心を確かめるように目を瞑って打ち明けた。

「僕は――さんのことが」