ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　旧市街おさんぽ日和

「俺が華道の先生に……いや、まさか」
　空から降って来た花びらに見せられた光景に、京極花音は首を振る。
　だが二枚目の花びらを手にしたとき見た光景は、先ほどのものとは全く違っていた。

　銃声の鳴り響く灰色の街。花音は走っている。暁月静の手を引いて。羽織った革ジャンはあちこち破け、覗く皮膚からは血がにじんでいる。静は相変わらず美しいが、頬が煤で真っ黒だ。
　――この戦争はいつ終わるの。
　滲む瞳で問いかける静に、花音はただ唇を噛む。
　――どんなことがあっても、俺は命を懸けてあんたを守る。

「……今のはあんまりいい未来じゃないな」
　ため息をつき、また歩き出す。過激な光景を見てしまったが、花音はのんびりとお散歩を楽しんでいる最中だったのだ。
　しばらく行くとサイクルショップがあった。
　直った自転車に乗って去る寝子高生を見送っていた店主、フィーリクス・C・柚瀬と目が合う。
「なんだぁあんた、戦場から帰って来たみたいな目ェして」
「あながち間違ってねぇっつーか……平和って大事だなって」
　よく分からないながらも、フィーリクスは肩を竦めて笑った。

「平和ってのは、ここで地に足つけて店やってる俺や、パンクした自転車が直って嬉しそうに乗って帰った学生さんや、散歩しながら平和について考えてるあんたみたいな、そういう何事もないが何かを求める人間が作っていくもんだ。あんたはこの島が好きかい？」
「まあ」
　花音の脳裏に、バイト先の花屋によく来る静の顔が思い浮かんだが、おそらく表情には出ていないだろう。
「俺もここに来てよかったと思っている。この国は平和だな」
　フィリークスはそう言って、遊びに出かけた娘の姿を探すように、見慣れた旧市街の通りに目を向けた。
　蒼い視線は通りの先にいる袴姿の少女で止まる。彼女は一生懸命つま先立ちして、塀の上にいる猫を撫でようとしているようだ。

「猫さん、さわれるかしら？　いつかの何かのてれび漫画で、がぶっと噛まれるかわいそうな黒髪の少女を見たことがありますけれど、まさかおなじことはおきませんわよね？」
　天満七星は恐る恐る、塀の上で寝ている猫に手を伸ばす。
　人差し指が触れ、中指が触れても、猫はすやすやと眠ったままだ。
「よしよし、ですわ」
　温かく柔らかい感触に指を滑らせながら猫を撫でていると、目つきの鋭い青年が近づいて来た。
「それにしてもこの島は相変わらず猫がいっぱいだ」
　七星は人を見かけで判断したりはしない方なので、おっとりと首を傾げただけだった。
「あなた様も撫でますか？」
　花音は一瞬口ごもる。
「普段は己の人相の悪さに怖がられることばかりだけど……今日は撫でてみても良いだろうか」
「はい、よろしいかと」
　花音は壊れやすい赤子にでも触るかのようなソフトタッチで猫に触れた。
　眠りながらも気持ちよさそうにゴロゴロと猫の喉が鳴る。
「っつーか可愛いからいつも撫でてみてーんだ、俺は！」
　思わず本音を叫んだ瞬間、猫はぶみゃっと起きて、塀からぱっといなくなってしまった。
「まあまあ……」
　落ち込む花音を七星が宥める。ふたりとも、さきほど猫が喉を鳴らしたとき、花びらが一枚二枚と天へ昇っていったことには気づかなかった。

　花音と別れて、七星は散歩を続けている。
「しかし、何でしょうね、何か、大事なお友達を忘れてしまっているような」