ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　短い春休みの一日

　暗がりの中に、ぐすっ、ぐすっと鼻を啜る音が幾つも聞こえる。
　紫が選んだロングラン大ヒット映画は、リバイバル公開にも関わらずかなりの席が埋まっており、シーンはまさにクライマックス。紫は初見だが、ほとんどの客はリピーターだろう。結末を知っていてなお、何度でも泣けるというのは名作の証だ。
（さすが、口コミでの評判が高かっただけのことはあるわね）
　エンディングロールが流れ館内が明るくなっても、仙藤紫はしばらく余韻に浸っていた。背景がいい。キャラクターデザインもいい。内容は社会派ミステリーに恋愛を絡めて欲張りにも感じたが、うまくまとまっていたし伏線回収も綺麗に決まっていた。

（なにより主人公とヒロインの心理描写よね）

　映画館を出て歩いていると『北海道フェア』のチラシを貰ったが、紫はまだうわの空で考察に耽っていた。
　人間の心理について考えることは好きだった。
　なにしろ紫は木天蓼大学文学部心理学科に通う大学生であり、将来は心理学の研究者かカウンセラーを志望しているくらいである。
　寝子高を卒業したのはついこの間のことのようなのに、早いもので四月になったら三年生。もう大学生活も折り返し、将来のことを本格的に考えなければいけない時期だ。大学院へ進むことは決めているが、研究者の道か、臨床心理士のような専門職に就くか、そこはまだ迷っている。
（……なんて、今考えても仕方ないわね）
　せっかくの短い春休み、のんびり過ごす方が有意義だろう。
　はた、と手の中の北海道フェアのチラシを見る。せっかくだから行ってみようかと立ち寄り、アイヌの伝統的な文様をデザインしたネックレスなどのアクセサリを購入。
　それから駅前広場で猫と一緒に日向ぼっこしていると――、
（あら？）
　猫と戯れているアホ毛の少女と遭遇した。
「こんにちは。どこかで……会ったかしら？　あなたの名は……」
　つい声をかけてしまうが、彼女は手に持った猫じゃらしをゆらゆらさせながらにっこりと微笑むばかりだ。
「ごめんなさい。見てきた映画が抜けていないみたい、あなたの名は、なんて初対面の人に失礼よね」
「ううん、お姉さんも一緒に猫撫でよ？」
「そうね」
　猫を撫でる。
　少女と猫を見ていると、微笑ましい気持ちが溢れてくる。
　ふわりと、光る花びらがあたたかく立ち上るのを感じた気もするが、春の陽気のせいだったかもしれない。