ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　すこしだけ、寝子高で

　二年生の稲積柚春は卒業式の片付けのため、すこしだけ居残りをしていた。
　帰る前にウォルター・Bの顔を一目見れればと職員室や彼が担任を持っていた三年生の教室を覗いてみるが、姿はない。
「……ワットは卒業生に連れて行かれちゃったかな？」
　彼の気を惹きたくて「僕はこの後、男の子と約束があるんだ」って挨拶してから行こうと思ったのに。
（なんてね）
　本当は、友人であり先輩である桜井ラッセルの卒業をお祝いしようと思っているだけ。彼にも想い人がいるし、自分はもちろんウォルター一筋。お互いにそれを知っているから友人以上にはなりえない。
　ラッセルとはシーサイドタウン駅前で待ち合わせだ。こちらは片付けがあったし、あちらは他校の友人と桜花寮の打ち上げパーティにも顔を出すということだった。
「そろそろ出ないと」
　ウォルターと会えなくて残念だけれど、行こう。
　そう思って校舎を出た時だった。
「こらこら引っ張らないでよぉ」
　声がしてあたりを見回すと、遠くに卒業生に囲まれて連行されゆくウォルターがいた。
　彼を見つけた嬉しさ半分、嫉妬心半分。コントロールしきれない恋心で柚春の心の天秤は揺れてばかりだ。

◇

　参道商店街にある蕎麦屋『すすきの』の薄野五月は、卒業式の後いったん家に帰ったのだが、着替えて寝子高に戻ってきた。来ようと思えばいつでも来れる距離だし、見納めというわけではないのだが、なんとなく写真を撮っておきたいと思ったのだ。
「みっちゃん先生、クロ先生！」
　お世話になった久保田美和先生と黒崎俊介先生の姿を校門のところで見つけて、五月はカメラを手に駆け寄ってゆく。
「記念に先生達の写真を撮ってもいいですか？」
「もちろん」
「君も一緒に」
　一枚は先生たちだけのもの、もう一枚は帰ろうとしていた後輩を呼び止めてシャッターを押してもらい、自分も含めて三人の写真を撮る。
「ありがとうございました後輩さん」
「いえいえ。先輩も卒業おめでとうございます」
　お辞儀をして去ってゆく後輩の、寝子高の制服を着た後姿が早くも懐かしく感じられる。
「卒業したと改めて実感すると何だか不思議ですね……１年生の時は毎日が大忙しで、親友や友達と色んな事をしました」
「そうね。五月ちゃんは髪も伸びたし、身長も伸びたみたい」と、美和先生も感慨深そうだ。
「先生、お世話になりました。また遊びに来ますね」
「ええまた、絶対来てね！」
　そう言って美和先生は五月の体をきゅっと抱きしめた。