もどかしくて心が高ぶる｜リアクション

もどかしくて心が高ぶる

　朝陽を受けたカーテンを開けると青い空がどこまでも広がっていた。
　朝鳥さゆるは目を細めた。窓を開けると程よい風が入ってきて前髪を揺らす。
　床のモップ掛けを始めた。掃除機は壁に立て掛けてあるが手に取ることはなかった。同棲中の姫木じゅんは明け方に勤め先から帰ってきて、未だ深い眠りの中にある。
　さゆるなりの配慮で静かに各部屋の掃除は行われた。
「次は洗濯ね」
　傷みやすい下着はネットに入れた。洗濯機を動かしている間に水切りを済ませた食器類を専用の棚に収めていく。
　その過程でキッチン周りの汚れに目が留まる。洗剤を染み込ませたスポンジで回すようにして擦った。終わると跳ね飛んだような壁の染み跡が気になる。その部分をスポンジで叩くようにして薄れさせていく。
　目の届く範囲に汚れは見えない。満足した顔で眺めていると洗濯機が、ピー、ピー、と鳴り始めた。
　小走りで向かい、洗濯籠に纏めて入れた。両手で抱えてバルコニーに出ると専用の竿に衣類を干していく。皺の酷いものは両手で伸ばした。可愛らしい下着は外から見え難い位置に干した。
　衣類は気持ちよさそうに風に吹かれた。微かに香る洗剤の甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んで部屋に戻った。
　近くにあった時計に目を向ける。午前十一時半を示していた。
　ペタペタと足音が聞こえてきた。ツインテールの一方が解けそうになっていた。着ていたワンピースは皺が多く、おまけに首回りが緩い。右の肩の一部が見えていた。
「おはよう」
「ん……」
　声は聞こえているようだが、挨拶を返すことはなかった。どこか不機嫌な顔で椅子に横向きに座る。すぐに足を組んで足先をブラブラと振った。
「ブランチは、すぐに出せるから」
　用意したものを少し温めて皿に盛り付ける。新鮮なサラダと胃に優しい野菜スープ―をカップに入れて出した。
　じゅんは横向きのまま食べ始める。正面にいたさゆるは食べながら様子を窺う。会話を拒絶するような相手の態度で同様に無言となった。
　食べ終わる直前、ようやくさゆるから話を切り出した。
「どうかしたの？」
「別に」
　椅子から立ち上がるとそのまま速足で歩き、風呂でさっぱりする、と出ていく直前に小声で伝えた。
　さゆるは食器をシンクに運び、手早く洗った。
　終わると椅子に座る。テーブルに両肘を突いて手を組み、軽く額を載せた。目を伏せた状態で何度も溜め息を吐いた。
　二十分が過ぎた。じゅんがキッチンに顔を出す。見かけたさゆるに向かって黒と赤を基調にしたリボンを掲げた。
「これ、結んで」
「任せて」
　一言で立ち上がると場所を変えた。

　じゅんがソファーに座るとさゆるは黙って背後に回る。手にしたドライヤーで髪全体を乾かす。さらさらした状態を指で確認。ヘアブラシで髪を梳かす。その手を止めず、じゅんに話し掛けた。
「……昨夜、嫌な客に当たったの？」
　返事はないが少し身を硬くした。さゆるは辛そうな顔で聞いた。
「あたしのこと、嫌いになった？」
「そんなこと、ない」
「じゃあ、どうして……」
　右の髪を纏めてリボンで結ぶ。左に及ぶと不機嫌な声が返ってきた。
「ＧＷに開催されるアニメイベントの抽選に、落ちたんだよ」
「それだけ？」
「がんばって有休まで取ったのに！　大事だよ！」
　じゅんが振り返る前にツインテールは完成した。愛らしい顔で怒る相手にさゆるは表情を緩めた。
「よかった」
「全然、よくないよ！」
「そうね。でも、よかった」
　じゅんは意味がわからないという風に小首を傾げた。

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