もどかしくて心が高ぶる｜リアクション

もどかしくて心が高ぶる

　授業の合間の休み時間、稲積柚春は決まって教室を出ていった。方々に目を向けて三階に赴き、ざっと教室を見て回る。
　目当ての人物、ウォルター・Bがいなければ北校舎の二階にある職員室を当たった。他の雑務に追われているのか。そこにも姿がなかった。
　――今日の僕、運が悪いのかも。
　すごすごと二階の教室に戻って次の授業を受けた。三限目の休み時間は教室の移動でウォルターを探す時間がなかった。
　昼休みは菓子パンで簡単に済ませた。大半の時間はウォルターを探すことに費やす。
　その努力が報われて、ついに見つけた。柚春が歩く先にウォルターがいた。立ち止まってドアのカギを開けているようだった。
　探し求めた相手に柚春は声を掛けられない。ウォルターの隣には一人の男子がいた。二人は一緒に部屋へ入っていった。
　柚春はドアの近くまで行き、踵を返した。進路相談に使われる部屋で、することは決まっている。
　――まだ放課後があるし。
　心の中で思っても気は晴れず、儚げな笑みを浮かべた。
　放課後は講堂で卒業式の飾り付けが行われた。生徒達は教室で作ってきた煌びやかな装飾を協力して飾り付けてゆく。配置の問題でその場で手を加えることもあった。
　柚春も加わって忙しなく手を動かす。それでいて目はウォルターを探すことに躍起となった。
　他の先生を目にしてもウォルターはいない。一度、講堂の周囲を見て回った。
　発見には至らず、溜め息の数は自然と増えていった。
　自身の肩を軽く揉みながら柚春は講堂を後にした。わざわざ北校舎の前をゆっくり歩く。目は二階にある職員室に向けられた。
　――今、いた？
　足を止めた。二階の窓をじっと見つめる。人影さえ、目にすることはできなかった。自嘲気味に笑うと柚春は正門を抜けた。
　シーサイドタウンにある自宅に戻らず、迷いながらもウォルターの家がある星ヶ丘へ向かう。
　――家にいっても僕は制服だし、部屋に上がり込むことはできないよね。なんでこっちに来ちゃうのかな。わかっているのに。
　弱々しい声に引っ張られるように足取りが重くなる。伏し目がちとなってスマートフォンを手にした。起動してメールの文章を綴る。

『今日のワットはいつも以上に忙しいみたい。学校では会えなかったね。でも、僕はだいすきだよ。会えない時も想っているから』

　その文章は送信されることなく消された。スマートフォンをポケットに戻す。顔を上げて少し足を速めた。
　ウォルターの家に着いた。呼び鈴を押すと老メイドのメアリ・エヴァンズが出てきて、丁寧な口調で当主の不在を告げられた。
　動揺を隠すような笑顔で柚春は来た道を帰ってゆく。気分と同じように視線は下がる。
　――今日は諦めよう。こんな日もたまにはあるよね。別にワットが僕を嫌って避けているわけじゃないし。
「……避けてないよね？」
　思わず、心の声が漏れた。
「避けてないよぉ」
　幻聴が聞こえた。はは、と乾いた笑いが出て視線を上げると、そこにウォルターがいた。青い瞳を細めて歩いてきた。
　待ち切れず、柚春が小走りで向かう。
「僕、ワットがだいすきだよ」
「僕も大好きだよ、生徒として」
　笑って手を差し出す。柚春は周囲を見ながら握った。

　二人を僅かな時間、手を繋いで歩いた。

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