もどかしくて心が高ぶる｜リアクション

もどかしくて心が高ぶる

　薄青い空の下、綾辻綾花はシーサイドタウンにあるキャットロードにいた。大人の女性を思わせるベージュのニットチュニックに白いフレアスカートを合わせて軽やかに歩く。
　その隣には早川珪が寄り添う。赤いシャツと黒いスラックスの派手な組み合わせを自然に着こなし、柔らかい笑みを浮かべていた。
　綾花の視線はさりげなく下へ向かう。珪の右手がぶらぶらと揺れていた。何度か手の甲が触れた。それくらいに近い。
「綾辻さん、久しぶり」
　声の方を向くと島外の高校に通う友人だった。隣にいた珪に軽く頭を下げると、デート？　と綾花の耳元で囁く。
「……近所のお兄さんです」
「そうなんだ。これ、私の彼氏」
　いきなり話を振られた青年は気恥ずかしそうな表情で、どうも、と小声で言った。綾花は会釈で返す。
「良い感じのお兄さんだね。邪魔したら悪いから」
　友人は青年と手を繋ぎ、引っ張るようにして脇道へと向かった。
　見送る珪が綾花に目を移す。
「寝子島高校の生徒ではない？」
「島外の高校に通っています。住まいは旧市街の参道商店街の近くですが」
「やはり、そうか。見覚えのない顔だからね」
「私達も行きましょう」
　二人は肩を寄せ合うように歩き出す。
　書店の前に差し掛かる。『本日入荷』と貼り出された紙に珪の目が留まる。視線の先に気付いた綾花が、入りますか？　と聞いた。
「悪いね。時間は取らせない」
「いいですよ。私も気になる書籍があるので」
　二人は笑みを交わして入っていった。
　明るい店内はかなり広く、訪れた人々は目当ての本を探す旅人のようだった。
　貼り紙にあった本は平積みされていてすぐに見つかった。二人でいくと珪の同僚に出くわした。
「珍しいところであったな」
「そうですねぇ。そちらも新刊狙いですかぁ」
　珪はにこやかな顔で綾花の前に立った。その行動を察して別の書棚に向かう。不自然にならないように顔を隠し、横歩きで背表紙を眺める。
　書棚が途切れると素早く曲がり、そっと半顔を覗かせた。珪は朗らかな顔で話をしていた。内容は聞き取れず、焦ったような表情で状況を見守る。
　二人は笑顔で別れた。珪と綾花は書棚の途中で出会い、苦笑いで書店を後にした。
　歩きながら綾花が疑問を口にする。
「新刊を買わなくてよかったのですか？」
「期待していた内容と少し違っていたんだ」
「そうですか」
　二人は尚も歩く。人通りの多い時間帯に入った。身体が左右に揺られ、額にじんわりと汗が浮き出る。
　その時、白いレンガで覆われた喫茶店が目に付いた。手前に鉢植えが置かれ、可憐な青い花を咲かせていた。
　綾花は自前のハンカチを額に当てて言った。
「喉が渇きませんか」
「言われてみれば」
　珪の喉が上下に動く。
　二人の目は同じ喫茶店を見ていた。
　珪は先にドアノブを掴んだ。開けようとした瞬間、綾花が止めた。口には出さず、窓際の席を指さす。
　四人の女子が笑いながらパフェを食べていた。身振りが激しく、微かに笑い声が漏れてきた。その中の一人が図書委員だった。
　珪と綾花は苦笑いで、その場を離れた。
　見つけた自動販売機で飲み物を買い、近くの公園のベンチで飲んだ。喉は潤ったものの落ち着ける環境ではなかった。
　子供達が集まって鬼ごっこが始まった。
「行こうか」
「そうですね」
　珪と綾花は旧市街に向かう。そこでも双方の知り合いに出くわし、一方は隠れるように歩いて時間を潰した。

　空が鮮やかなオレンジ色に変わる。
　二人は海辺の道を歩いていた。人通りは少なかったが隠れるところは極端に少なく、思い切った行動に出られない。
　歩き疲れたせいなのか。綾花は歩道の僅かな突起でつんのめる。珪は慌てて胸で受け止めた。
　抱き合った状態で珪は耳元で囁く。
「大丈夫？」
「……平気です。今日はもう少し一緒にいたいです」
「そうだね。もう少し、一緒にいよう」
　数秒の抱擁を経て二人は歩き始める。自然に繋いだ手を揺らしながら、道なりにどこまでも――。

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