もどかしくて心が高ぶる｜リアクション

もどかしくて心が高ぶる

　休み時間を迎える度に八十八旗信彦は女子に声を掛けた。
「今日も可愛いね。その顔をもっと見ていたいから俺とデートなんて、どうだい？」
「結構です」
「肯定の意味だね」
　にっこり笑っていうと女子は目を吊り上げた。
「嫌です。ダメです。無理です。ごめんなさい」
「あ、ああ、そっちの結構ね。うん、わかった。また、今度、お願いするよ」
　女子の剣幕に押されて信彦の笑みがぎこちない。
　結局、今回の休み時間も無駄に終わる。何の成果もないまま昼休みとなった。
　信彦は俄然、やる気を出した。痛々しい姿を見てきたクラスメイトは、なんで？　と疑問を投げ掛けた。
「昼休みは時間が長いからね。千載一遇のチャンスだ」
　白い歯を見せて笑うと信彦は教室を出ていった。廊下には多くの生徒がいた。競って走る者達は購買室の人気のパンや学食の人気メニューを狙っているようだった。
　声を掛ける相手が見つからず、信彦は階段を下りていく。踊り場で一人の女子を見かけた。背中であっても人物が想像できる。歩く度に頭頂から飛び出した毛が左右に揺れた。
　野々ののこであった。信彦が声を掛けようとした矢先に歩く速度を上げた。合わせて信彦も速足となった。
　踊り場を超えると、ののこは更に階段を下りる。購買室は二階なので一階の学食に向かっているように思えた。
　信彦は追い掛ける最中に笑みが零れた。
　一階でようやくののこに追い付いた。速度を上げた信彦はののこの前へ出た。進路を塞ぐようにして立ち、最高の笑顔を試みる。
「ののこちゃん、俺と一緒にカフェテラスでお茶しない？」
「カフェテラス？　それ、どこ？」
　天然の脅威が信彦に襲い掛かる。気取った態度は一気に崩れ、ヘラヘラと笑いながら説明を始めた。
「ごめん、ちょっと気取り過ぎたね。あれだよ。皆がよく使う学食。そこで一緒にご飯を食べないかなーって誘ったんだけど、どうかな？」
「学食なんだね。今はお外が気持ちいいよね」
「そうだよ。今日は青空だし、外の風に当たりながら食べるランチは最高に美味しいと思うよ」
　好感触と思い、信彦は窓の外に手をやる。晴れた空を必死にアピールした。
「聞いてるだけでお腹が減ってきちゃった」
「俺が案内するよ。もちろん俺の奢りだ」
「え、いいの？」
「男の義務だからね。気にしないでデートを楽しもう」
「ちょっと待った！」
　リーゼントから飛び出した毛を震わせて野々ととおが颯爽と現れた。
「誰が誰とデートをするのか、詳しく教えてくれないかい？」
「関係ないのに口出さないでよ」
「ののこ～、それはあんまりだよ。僕はパパなんだよ～」
「そんなの知らない。今からデートだし」
「ののこをそそのかしたのは君だね」
　淡い水色の目がギラリと光る。信彦は笑顔で引きつった。
「デートっていうか、学食に誘っただけなんで」
「誘ったのか。ののこをパパの前で堂々と掻っ攫おうとするのだね」
　圧力が増した。ととおの僅かな笑みが消えた。凄まじい眼力で尚も迫る。
　信彦は脂汗に塗れた顔で辛うじて笑う。
「あ、ああ、そうだ！　用事を思い出した！　ごめん、ののこちゃん！　また、今度ということで！」
　泣きそうな笑顔で信彦は走り出す。言い争う声を背中に聞きながら、ごめん、と小さな声を漏らした。
　二人の姿が見えなくなると足を止めた。窓外の空に意識を傾ける。
　何度も見た空から目が離せなくなった。
　――三年はもうすぐ卒業だ。俺も少しナーバスになっているから上手くいかないのかな。
　視界に一人の女子が入り込む。
「そこのレディ、俺の話を聞いてくれ！」
　暗い顔は消し飛び、信彦は笑顔で走っていった。

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