家族がたり　春風｜リアクション

家族がたり　春風

●愛おしい大好きな私の娘

「あの子を産んで、今年の秋で6年目なのね……」
　スマホに収めた愛娘の写真をいくつか表示しつつ、梓智依子は14歳の秋のことを思い出していた。
　生まればかりの頃から、思い出をたくさん残そうと、たくさんの写真を撮った。
　今のスマホの画面は、6歳のお誕生会の写真が表示されている。
　14歳で産んだ6歳の愛娘は、来年には小学校へ上がる。

「あの日にあの人の申し出を断っていたら、どうなっていたのかしら」
　ふと思い出したのは、ダンスのレッスンが長引いたある寒い日の夜。
　車で家に送るというダンスコーチの申し出を承諾し、一夜を共にしたことで智依子の夢は潰えてしまった。
　4月3日。14歳になった日に妊娠を知ったからだ。
　あの時は最高に幸せ、これ以上の誕生日プレゼントはないと思ったが、それと引き換えに多くのものを失ってしまった。
　愛した男は去っていき、ダンサーになるという夢は断たれ、進路を見失ってしまった。

「秋が深まってきているわね」
　14歳の秋。
　出産を控えたある日、窓の外を見ていたら楓の葉が深まる秋とともに赤く色づくのを見て、直感的にもうすぐ生まれる子供の名前にしようと思った。
　楓と名付けた娘は日々成長し、好奇心の塊というより好奇心そのものが人間になったような感じに育った。
　ともかく興味のあるもの、目に引くものには一目散に突撃していくので、そのたびに見ていてハラハラする。
　男の子でも、ここまで向こう見ずな子はいないですねと保育士に言われたので、血は争えないのかしら……と思う智依子は苦笑するしかなかった。
　ちなみに、今でこそ智依子はお淑やかだが、5歳くらいの頃は楓と同じような性格だった。

　好奇心旺盛、向こう見ずな元気少女な楓は最近、智依子がダンサーだった頃の動画を観ては「かえでもママみたいになれるの？　ならかえでもダンサーになる！」と言い出すように。
　その時に一緒に見た動画は少女漫画が原作の実写映画。
　主人公と女の子と近い年齢だった智依子が、ダンスの世界に飛び込んでいくきっかけになった作品。
　自分も主人公と同じと思えた、思い出深く、自身の原点ともいえる作品。
（この子を産んでいなかったら、輝かしいダンサー活動をしていたのかしら）
　動画を見ながらダンスを真似ようと一所懸命な楓を見ながら、ふと、そう思った。
　ダンスが終わって楽しかったー！　と満足気に笑う楓を抱きしめ「ママはあなたに出会えてよかったって、本当にそう思っているわ」と言う。
「かえでもママにであえてよかったよ！　ママだいすき！」
「ママも楓が大好きよ」

　ダンスを習いたい！　ダンサーになりたい！
　楓がそう言い出したら、精一杯、後押ししてあげよう。夢を叶えてあげたい。
　自分が叶えられなかった夢を叶えて欲しい。
　そう思いながら、智依子は、もう一度ダンスを始めた楓を微笑ましく見つめるのだった。

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