ゼリンとぷにゅぷにゅ｜リアクション

ゼリンとぷにゅぷにゅ

　空は青く澄み渡る。朝陽は全てを美しい輝きで包み込む、とは限らない。九夜山の麓にある猫鳴館は鬱蒼とした木々に覆われ、頑なに光を拒んだ。
　その薄暗い一室に月原想花がいた。寝子島高校のジャージを着てつまらなそうに天井を眺めている。生欠伸を噛み殺し、ごろりと横を向いた。
　――読者モデルなんて、慣れないことをするから反動でダラダラしたくなるんだよね。
　思わず、溜息が漏れる。
　――野鳥の鳴き声が煩い時はあるけど、ここは本当に静かだよ。なんの干渉も受けなくて、ぼくにすれば悪くない環境だよね。
　本気で思っているのか。微かに笑みが浮かぶ。
　眼鏡の奥の目が安らぐ。今にも瞼を閉じそうな状態から瞬時に目を見開いた。
　急に後ろへ寝返りを打つ。少し硬い表情で壁際の一点を見つめる。その部分が蜃気楼のように歪んだ。
　――なにかな、あれは？　よく見るとなんか形がわかって……透明なスライムみたいに見えるんだけど。
　想花の視線を受けても、その物体は逃げ出さない。プルプルと身体を震わせていた。
　――逃げる気はないみたい。でも、立ち上がるとびっくりするかも。
　横向きの状態で刻むように近づいていく。手を伸ばせば届くところで動きを止めた。
　呼び掛けることもしない。想花は慣れないながらも笑顔を作って見せた。
「……ぷにゅ」
　独特な鳴き声のあと、プルプルしながら物体が近づいてきた。心の距離が縮まるようなゆっくりとした動きだった。
　想花の胸に当たって止まる。
「ぼくは怖くないんだよ」
　幼い子供に語り掛けるような声で、その物体を優しく抱いた。身体の震えが止まった。頬を軽く押し当ててみた。
　――ぷるんとした弾力が心地いいね。最高の抱き枕として使えそうだよ。
　瞼を閉じて密かに感触を楽しむ。
「ぷにょ」
　扉の方から声が聞こえた。視線を向けると下部の僅かな隙間から押し出されるようにして別の個体が現れた。今度は透明ではなく、迷彩柄でとろけたような不定形であった。
　――また違うスライムだよ。震えては、いないみたいだね。
　見ていると壁際を這いずり、角のじめじめしたところに身を置いた。
　――あそこから動く気はないのかな。
　視界に四角い物体が横切る。思考は途絶え、目が釣られた。
　――真四角なのに転がれるんだね。あれもスライムなのかな。
　想花は透明の個体を胸に抱いたまま上体を起こす。転がる物体に合わせて自分の座る位置を変えた。
　何もなく終わる一日が急に賑やかになった。騒音の類いではないので想花に自然な笑みが浮かぶ。この突然の状況を楽しんでいるようだった。
「ぷにに！」
　元気な声の方を見ると扉の下を潜り抜けた個体がぴょんと跳ねる。
「スライムさん？　活発そうに見えるからスライム君かな」
「ぷに、ぷにに！」
　正解とばかりに飛び跳ねる。
「こっちにおいで」
　呼び掛けると弾みながら向かってくる。想花は抱いていた個体を畳みに下した。
「抱っこしてあげるんだよ」
「ぷににににっ！」
　丸い身体が伸びて大きな跳躍を見せた。想花の胸へダイレクトに飛び込んだ。
　瞬間、喜びを爆発させたように淡く発光した。
「あばばばば」
　個体を抱き締めたまま想花は真横に倒れた。
　――痺れるなんて、そんな予備知識はないんだよ。
　放電した個体は想花の胸の中で、ぷにに！　と嬉しそうな声を上げた。

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