ゼリンとぷにゅぷにゅ｜リアクション

ゼリンとぷにゅぷにゅ

　午前中に買い物を済ませた朝鳥さゆるがシーサイドタウンにあるマンションに帰ってきた。
　慎重に鍵穴に鍵を挿し込み、ゆっくりと回す。扉を開ける時も慌てず、音を立てないようにして中へと入った。
　履いていたパンプスを脱ぐと足音を忍ばせてキッチンへ向かう。
　食卓に買い物袋を置いて手早く冷蔵庫に入れていく。全てを済ませると一方に目をやる。不思議そうな表情で廊下を歩き、居間の手前で止まった。
「……じゅん、起きてるの？」
　寝ている可能性を考慮して小さな声で問い掛ける。返事の代わりに微かな物音がした。
　さゆるは思い切って居間に踏み込んだ。
　姫木じゅんは寝ていなかった。床にペタンと座って紫色の物体を見ていた。同じようにさゆるが目をやるとプルプルと震え出す。大きなゼリーのようでいて、みゅ、と小さく鳴いた。
　さゆるの目が少し鋭くなる。
「これ、なんなの？」
　じゅんの背中に声を掛けると、知らない、と素っ気ない声が返ってきた。
　冷たい対応と思ったのか。じゅんはポツポツと話し始める。
「これ、パルコに―にいたのよ」
「どこから、きたのかしら」
「それはわからないわ。気付いた時にはいたんだし。外で震えていて、それで窓を開けたら入ってきた」
　じゅんは口を閉ざし、目の前の物体に意識を向けた。
　さゆるは行動に迷い、その場に佇む。
　二人の視線に耐えられなくなったのか。物体は力むように震え出す。
「なんなのよ」
　じゅんが不信感を募らせる。その中、物体は分裂した。新たな個体は飛び跳ねてさゆるの元へ向かう。
　脛の辺りにぶつかると伸び上がった。僅かに浮いたと思うと床に落ちた。その行動を黙々と繰り返す。
「どうしたいの？」
　声を掛けながらさゆるは個体を抱き上げた。あとは自力でスルスルと上り、頭の上でベレー帽のような状態で落ち付いた。

　目にしたじゅんは堪え切れずに声を出して笑った。目尻の涙を人差し指で拭い、改めてさゆるの全身を眺める。
「最初は色のせいで不気味生物だと思ったけど、よく見ると愛嬌があるよね」
　じゅんは四つん這いで近づくと、おいで、と親しみを込めた声で手招きをした。その好意に甘えるように身を寄せてきた。
「抱っこしてあげる」
　じゅんは両手で優しく包み込む。プルプルした震えはゆったりと波打つような状態に変わった。
「嬉しいんだね」
　言いながら頬を寄せた。
「表面が滑らかで、とても柔らかい。癖になりそうな感触よね、これって」
「あたしは一瞬で、よくわからなかったわ」
　少し残念そうな声にじゅんに抱かれた個体が再び力み始めた。
　その末に分裂。新たな個体は一方を目指す。最後は自力でさゆるの胸に飛び込んだ。
「これが」
　じゅんと同じように胸に抱き、頬を寄せた。
「ひんやりしていて滑らかで、上質のベルベットみたい」
　頬ずりをすると頭部の物体が、みー、みー、と鳴き始めた。自ら動いて肩に移る。
「いいよ、一緒に抱いてあげる」
　さゆるは両手を広く構えた。できた隙間に個体が収まる。二つの間に顔を埋めると伸び縮みを始めた。
　その様子にじゅんは目を細めた。
「頬擦りなのかな。感情が豊かで、本当に可愛い」
　じゅんは抱き締めた個体に顔を埋めた。その状態で左右に振ると、みみー、と鳴いて遣り返すような動作となった。

　軽い昼食を済ませたあとも二人は紫色の個体と戯れた。愛でながら手で摩る。床に仰向けに寝っ転がると頭の下に潜り込んだ。
　さゆるは瞼を閉じて軽く息を吐いた。
「頭が軽くなったような気がするわ」
「水枕よりも柔らかいし、太腿もいい感じ……」
　さゆるが横を見ると、じゅんは後頭部と太腿に個体を入れて寝顔に近い表情を見せた。
「……じゅん、今日の仕事は？」
「もちろんパスよ、パス」
　その言葉の通り、風邪を装った名演技でキャバクラ『プロムナード』を欠勤した。

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