【マラソン大会】お花がいっぱい♪ フラワーマラソン！｜リアクション

【マラソン大会】お花がいっぱい♪ フラワーマラソン！

　青山絢と水谷真優理は並走した。一方のペースが落ちれば他方が合わせる。その微妙な力加減は目を見張る。合わせ鏡のような姿で突き進む。
　年上の真優理は走りながらも細かい配慮を忘れない。瞬間的な横目で絢の様子を窺う。
　――体調は悪くないし、ペース配分としても良好。走るフォームは安定していて危なげないわ。日々の努力と成長の賜物ね。
　沿道に置かれたプランターの連なりに目がいく。小さな花が寄り集まって癒しを与える。意識して息を吸うと仄かな甘みを感じた。
　――これだけの花を用意するのは大変よね。大会に参加したランナーはこの日を忘れないと思う。それは私と絢ちゃんも同じはず。
　答えを求めるように真優理は絢に目をやる。気持ちが伝わったかのように視線が合った。
　絢は小さな驚きを顔に表し、照れ臭そうに笑った。
　釣られた真優理もまた明るい笑顔を見せた。
　――絢ちゃんの将来はわからないけど、きっと長いマラソンになるよね。その時、私が今日みたいに並んでいれたら、最愛の人って思われていたら、もう気持ちが溢れて言葉にならないよ。
　真優理は前を向いた。少し速度を上げると絢が合わせた。
　――火照った身体に冷たい風が気持ちいい。
　身体が自然に動く。春の野原を駆け回る少女のような気持ちで走った。
　横に付けた絢もリラックスした状態で花々に目を向けた。
　――女優は体力も必要と思うから、よく走り込みをしていたけど、それとは違う。もっと華やかで安心感があって、どこか懐かしい気持ちになるわ。どうしてなんだろう？
　思考の中に挟まる疑問と向き合う。その中、真優理が頭に挿した白い寒椿が目に入った。
　――真優理さんが大きな花なのよ。小さな私はミツバチで育ててくれた。だからこんなにも懐かしくて、胸の中の愛おしさが溢れて止まらない。
　喉から出そうになった言葉を呑み込む。絢は前をしっかりと見て逸る気持ち抑えつつ走った。

　終盤に差し掛かると急に二人の手足が緩慢となる。速度も落ちて目を合わせる機会が増えた。どちらも大丈夫？　と視線で問い掛けた。即座に笑顔を返し、苦楽を共にした。
　寝子島高校があと少しで見えるところまできた。
　真優理は声に出した。
「絢ちゃん、あと、少しで、ゴールよ」
「なんとか、持ちそう。このまま、一緒に」
　双方が途切れがちな言葉を返して最後の力を振り絞る。
　並走した状態で正門を抜けて第一グラウンドに戻ってきた。待機していた人々が温かい声を掛ける。
「あともう少しでゴールだ！　最後まで頑張って！」
「お姉ちゃんたち、がんばって！」
「ゴールは目の前だぞ！」
「余裕でいけるよ！　凄いって！」
　二人の荒い息遣いは掛けられた声で掻き消された。
「真優理さん！」
「絢ちゃん！」
　その声だけは、はっきりと聞こえた。零れるような笑顔で二人は揃ってゴールに飛び込んだ。
　すぐには止まれず、よろよろと歩いた。
　真優理はグラウンドにへたり込んだ。
「さすがに、堪えたわ」
「でも、楽しかったよね」
　絢は真優理に手を差し出す。握ると引っ張り上げた。
「ありがとう」
「それは私の台詞だよ。あと、これを受け取って」
　絢は青いパンジーを差し出す。真優理は中腰になって頭を傾けた。
　意図を察してパンジーを髪に挿し込んだ。
「次は絢ちゃんだね。少し屈んで」
「これでいい？」
　言われた通りにして顔を横に向ける。真優理は白い寒椿を引き抜いて絢の側頭部に挿し込んだ。微調整を加えてにっこりと笑う。
「最高に似合っていて花言葉の通り、『申し分のない愛らしさ』だね」
「それなら真優理さんだって『誠実な愛』そのものだよ」
「可愛いこと言ってくれちゃって、もう」
　抱き着きそうな勢いを絢が手で止めた。
「……その続きはマンションで」
「……たくさん愛してあげるね」
　二人の甘い囁きは大きな歓声に覆われて他の者の耳に届くことはなかった。