文房具まつりがやってきた！　ふたたび！｜リアクション

文房具まつりがやってきた！　ふたたび！

　――ワットの大事な香りって何だろう？　

　稲積柚春は、大好きなウォルター・Bと共に文房具まつり会場を歩きながら思う。
　人間の五感の中で、嗅覚は記憶と結びつきが強く、忘れていた事を思い出すのも香りがきっかけだ――という一説がある。
　そんな話を聞いて以来、柚春は考えてしまうのだ。

（ワットの好きな香りと一緒にメッセージを贈って、ふとした時に思い出して欲しいなぁ……）

「柚春は決めてるの？　メアリへのプレゼント」
「え？」
　彼の声に我に返り、きょろきょろと辺りを見回す。
「周りじゅう文房具ばかりで、どれを選んだらいいのか……」
　元々はブラックウッド家に仕えるメイド、メアリへの誕生日プレゼントを探そうとワットを誘ったのだが、いかんせん選択肢が多すぎた。
「一点物の高級品から、数百円のものまで、色々あるもんねぇ」
「そうそう！　前星ヶ丘の文具店に行ったときは、高価すぎたから。ここなら僕にも買えるものがあるかもと思ったんだけど」
　開くと桜の花が飛び出すポストカードや、金銀の箔押し輝くシールに、季節の行事をあしらったレターセットなど、飾っておくだけで楽しそうな物ばかりで目移りしてしまう。
「あっ、あそこはインク専門店みたい」
「にっぽん全国故郷のインク、あなたの地元はありますか、って書いてあるねぇ」
　真っ白い飾り棚に、ずらりと並ぶ小瓶のインクたち。
「うひゃぁ、１００種突破！　だって。すごいねぇ」
　超転勤族の親に振り回されてきた柚春としては、故郷はどこかと問われても困ってしまうのだが、いくつか並ぶ香りつきのインクは気になった。
「えっと、炭火焼き鳥の香りに……野沢菜漬けの香り……特定の時間の空気を色と香りで表現してて凄いな」
　ちょっと大人のカクテルの香りなどもあって、柚春はどきどきしてしまう。

（確かワットは毎朝レモンを搾るから……レモンの香りで「だいすき」って書こうかな）

　柚春が自分のショッピングバッグに『レモンの香り』と書かれたインクを入れた、その時。
「うわっ、これ見て！　猫の肉球の香りだって」
「えっウソ、どこの？」
　ワットに呼ばれて飾り棚を見ると『北海道のアイドル猫、たみちゃんとのコラボ商品です』との手描きポップが。大雪を物ともせず跳ね回るアイドル猫を、制作班が実際に嗅ぎに行ったんだとか。
「メアリさんみたいなきちっとしたメイドさんが可愛い文房具を使ってたら……いいかも」
「そうだねぇ。じゃ、猫のふわふわお腹に文字を書くレターセットと一緒に買おう」
　店員に贈り物ですと言うと、虹色の透ける素材で可愛らしくラッピングしてくれた。
　お礼を言って歩き出すと、柚春はワットのショッピングバッグに『レモンティーの香り』と書かれたインクが入っているのが見えた。
「あぁ、これ？　僕も大切な人にメッセージを贈るインクが欲しいなぁと思ってさ」
「ワットは大人なんだし、カクテルの香りとかでもいいんじゃないの？」
　そんな香りでメッセージをもらえたら覚えているのになぁ、と思う柚春に、彼はこう言葉を続けた。
「カクテルねぇ……それは楽しみにとっておくよぉ。君が大人になって、一緒にお酒を飲めるようになるまでね」