きみの腕のなかで　ぼくは呼吸をしていいかい？｜リアクション

きみの腕のなかで　ぼくは呼吸をしていいかい？

【裸足の勇者】

　伊賀解理は北風貴子の姿をこの目で見るまで、正直気が気でなかった。
　あんな虫唾が走る惨事に遭った貴子は、外で出るにも勇気がいるはずだ。
　精神状態だって脆い中、解理の誘いを蹴っ飛ばすことだって十分あり得た。
　しかし、貴子は伏し目がちで待ち合わせ場所に佇んでいた。
「貴子さん……！」
　解理は彼女の姿を見るなり、全力で駆け出して飛び付いた。
　143cmの解理が約20cm差ある貴子へタックルする形になってしまったが、貴子は解理を優しく受け止めた。
「……気を遣ってくれたのね。敢えて人通りの少ない裏路地を待ち合わせにしてくれて、ありがとう」
「いえ、貴子さんこそ……無理させて、すいませんでした」
「ううん、私だって、いつまでも周りに心配かけたくないわ。それは解理さんにも当てはまるのよ。それを知ってもらうためにも今日は出てきたのだから」
「貴子さん……！」
　解理には理解できてしまう。
　貴子はあんな目に遭っても、気丈に振舞ってみせるのだ。
　他人へ依存したくない、心配かけたくない。今まで風紀委員として他人に厳しくしてきた手前、表面上では自分を律する癖が高校時代から抜けていない。
　そんなことしなくていいのに。つらいと頼ってくれればいいのに。
（なんて、不器用……ッ！）
　イライラした。愛おしく思えて、余計に自愛を蔑ろにする貴子に腹が立つ。
　貴子の体温を感じて落ち着く解理の中で、マグマのように言いたいことが熱く噴き出してくる。
「先輩が、あの男と一緒にいるのを僕が止めたかったのは……あいつが危険だったから以上に、貴子さんの隣にあの畜生が居座られるのが僕がイヤだったからだ。でも当時それを止めようとしたら、僕と貴子さんとの仲が壊れると思い、深く踏み込めずにいられなかった」
　だから後悔している。
　あんな酷い事が起きてしまう前に、僕が踏み込んでおけばよかったと。なんであの時、勇気を振り絞らなかったんだと。
「貴子さんだって、もっと怒っていい。つらいと泣き叫んでいい。抱え込んで平然として、乗り越えないでほしい。僕がいるじゃないか。貴子さんの痛みを受け止める覚悟くらい、僕にだってあるんだ。なんでそれが分からないんだ……？」
「解理さん……」
　愛おしさと憤怒と悲しみと後悔が解理の心の器の中でぐるぐると煮詰められて混沌としてしまう。
　もう訳が分からなくなった解理は、貴子へ心の混沌を全てぶちまけだした。
「僕はもう決めたぞ！　今回の件で、貴子さんが取り返しのつかない事になってしまうぐらいなら、覚悟を決めて遠慮せず全力で踏み込む！　それで喧嘩するかもしれないし、もしかしたら仲違いするかもしれない。それでも、貴子さんが辛かったり悲しい思いをしたなら僕が必ず支えるし、ずっと傍にいます！　だって僕にとって貴子さんは、世界で一番大切で、かけがえのない人だから！」
　貴子は呆気に取られて、口をあんぐり開けている。
　そんな彼女へ、解理は畳みかけてゆく。
「愛してしまったんだ、あなたの全部を！　あなたに降りかかった痛みも全部！　僕が、貴子さんの勇者になります！　僕が、あなたの傍にいます！　だから、もっと僕を頼ってください！！」
　貴子の目から大粒の涙がつぅ……と流れてゆく。
　そして静かに貴子は解理をハグしたまま泣いた。
　抱き締められた解理は、今頃冷静になってパニックに陥ってしまう。
（あれ？　今、僕はとんでもない事を口走ったよな？　でも、本心だから間違ってないな！）
　とりあえず、今は貴子が落ち着くまでその頭を優しく撫でようと背伸びする解理であった。