さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
　サニーは寝台の一つにころんと寝転んでいた。ミーツェ・Ｍ・フェリスはほっと胸を撫で下ろす。サニーはみなの希望であり要だ。らいおんでろろなどに捕食されでもしていたらと思うと、気が気ではなかった。
「ミーツェがサニーさんを守りますにゃ」
　そっとサニーを抱き上げる。無事に前方の車両へと送り出さねばならない。あまり他者に触れられることを好まないらしいサニーは身をよじらせ、目を開くとにゃあと鳴いた。
「あっ」
　子猫の小さな声すら、ここでは許容されない。たちまち周囲に複数体のなまけものでろろが立ち上がり、ミーツェと腕の中のサニーを見下ろした。
「……これはまずいですにゃ？」
　半ば倒れ込むように、なまけものでろろはミーツェらへ飛びかかる。サニーがぎにゃあと悲鳴を上げ、ミーツェは慌てて飛び退いた。
「じゅ、呪術の光にゃー！！」
　杖から迸る星の力がなまけものでろろの力を弱体化させ、もふもふっと地に倒れて動かなくなる。そのままいびきをかいて眠ってしまった。なまけものはなまけもの、起き上がる気力もなくなったらしい。
　そちらはいいが、問題はらいおんでろろと、それにもう一つ。
「あれは……目覚まし時計？」
　鉢合わせた瞬間、けたたましくベルが鳴り響いた。翼の生えた『目覚まし時計でろろ』はあたりを飛び回り、自らをかき鳴らす機会を狙っていたらしい。たちまち周囲の寝台から深淵へ向かう死者たちが起きてきて「やかましい」だの「何時だと思ってんだ」だのがなり立て、騒然とする場を目がけてらいおんでろろが集い、ぎゃあぎゃあとすさまじい狂乱を演じ始めた。
「こ、この隙に逃げるにゃ」
　同意するように鳴いたサニーを抱え、どろでろろの目を逃れてミーツェは駆け出した。

　鳴くことなく意思を伝えるのも難しいが、道哉は猫の姿のままミーツェを手招きした。
　奥まった寝台の主は外でどろでろろも死者たちも交えた大乱闘に興じているらしく、姿は見えない。代わりにカーテンを引かれた狭い空間には道哉、きなこと神無がおり、隣の寝台からはあいおが顔を出して手を振っていた。比較的安全そうなこの空間を道哉が発見し、みなを導いたのだった。
「……！」
　目覚まし時計でろろの羽音が聞こえる。一つではない、複数だ。どうやら周辺を巡回しているらしく、どこかへ行ってしまう様子はない。
「…………」
　あいおが意を決したのか、うなずいた。他の面々が止める間もなく寝台を飛び出し、声を張り上げた。
「～～～～～～っ！！」
　ろっこんで変じた声は、Mewtubeで聞いた覚えのあるホワイトノイズだ。ある特定の周波数が集中力を高め、安眠に誘うという。効果のあったものか一か八かの作戦だったが、どうやら一定の成果を見い出すことができた。目覚ましでろろたちは数度旋回し、ノイズを静寂と判断し異常なしと考えたか、どこかへ飛んでいった。
「ふ～。何とかなりましたかねぇ」
「見事な働きだ、嬢ちゃん。さて、今のうちに」
　ミーツェの腕から下りたサニーを見つめ、道哉は告げた。
「黒白の嬢ちゃんのところへ行くんだ。そら、そこから通れるだろうさ」
　見ればうごめくどろでろろの壁に、小さな穴が開いている。子猫ならば確かに通り抜けられるだろう。
「サニーさん、気をつけてですにゃー！」
「がんばって、しずくちゃんをたすけてあげてね」
「大丈夫、あなたは滴さんとまた会える。うん、そんな確信があるの」
　ミーツェやきなこの笑顔や、神無の力強い言葉に後押しされ、サニーは一つこくりとうなずくと、穴の中へ飛び込んでいった。
　