――深淵特急『死兆星(アルコル)』へのご乗車、誠にありがとうございます。
カエルが潰れたような声のアナウンスが聞こえ、
三ヶ島 葵は幾度も瞬きした。
「あれ……ここどこ?」
そこは列車の中だった。展望車らしく、ほとんど全面窓になっている。沈みゆく夕陽がきらきらと眩しい。
静けさに包まれ、心地よい列車の揺れに身を任せていると、日頃の喧騒やストレスから解放された平穏の世界へと連れていってくれるかのようだ。
「むむむー。どうしてこの列車に乗ってるんだっけ?」
葵は目を瞑って、おぼろげな記憶をたどる。
今日は寒くて、雪が降っていた。白く美しい雪の来し方が気になって、葵は何気なく空を見上げた。しかし空はフツウではなかった。寝子島を覆い尽くすように広がっていたのは、暗くて青い闇で、上空に白と黒の髪をした少女がひとり浮かんでいたのだ。
「ようやく……ようやくだよぉ。どろでろろ、いーっぱい食べたよね~。
逃げたい気持ち、悔しい気持ち、恥ずかしさ、嫉妬、惨めで醜い、痛めつけられ無視され、誰からも愛されない、自分も自分を愛せない、フツウに楽しくない最低の学校生活。
もうおなかいっぱいだよね。
私はずっとこの日を待っていたの。滅ぼう、一緒にさぁ。こんな世界とはおさらばしよう」
この後、寝子島は負の感情の集合体とも言われる
<どろでろろ>に覆われ、葵の体は金縛りにあったみたいに動かなくなった。
しかし今、ここにいる。
にゃあ、と猫の鳴き声がして我に返る。
列車に揺られる自分の体は自由に動くが、ろうそくの灯火が風に吹かれた時のように、ふっと消えたりかすれたりする。
「もしかして私、魂になってる?」
車窓から紅く染まった空を眺め、不思議と穏やかな気持ちになっていく葵だが、ふと寝子島に残してきた友人知人を思い浮かべた。
「寝子島にいるみんな、大丈夫かなー」
「大丈夫じゃねえ。ののこの神魂をもらった連中はな」
トン、と座席の背もたれに飛び乗ったのは、灰色猫のテオ。
ののこがばらまいた神魂はもれいびに限らず、わずかながらも多くの人々に影響を与えているらしく、ひとも、ほしびとも、そしてあやかしも、みんな列車に詰め込まれたという。
「この列車、しんえん特急だっけ。しんえんって何? どこに行くんだろう……」
「深淵、言ってみれば魂の終着駅だね」
あやかしの
三毛谷 道哉は、この列車の恐ろしさをよく知っていた。
魔行列車は普段から霊界を走ってはいるが、深淵行きはそれとは全く異なるものだという。
深淵行きの列車は夜の間走り続ける。そして夜が明けると終点に着き、その時「乗客」はもう乗っていないらしい。
つまり深淵とは……
「死。というより無。嬢ちゃんも私も、存在そのものが消える」
「ふうぅ~」
うまく息ができない。魂だけの姿でも胸の苦しさは同じなんだなーなどと頭に浮かんで消えた。
どんなものにも終わりはある。かわいがってた近所の野良猫も、空き時間によくやってたWebゲームも、寝子高で過ごした楽しい日々も、いつか終わりは来る。それはわかってはいたけど、
「でも、やだなー。だって、やりたいことまだまだいっぱいあるし!」
「だったら――」
道哉は帽子の触感を噛みしめるようにツバに指を這わせて、若い葵ににこりと笑った。
「終着駅まで行かなければいいんじゃないか?」
葵はハッとして顔を上げた。
「もしかして、この列車を止めちゃうとかー?」
この言葉は徐々に暗くなっていく車内に灯った希望の火だったが、テオの背後から静かに現れた白猫のミラによって消えかかる。
「残念ですが、それは難しいですね」
どうやら、どろでろろのせいで、この車両からは出られなくなっているらしい。外への扉は開かず、列車から降りることはできないし、隣の車両にも行けないのだという。
列車を止めるには先頭車両まで行ってブレーキを操作する必要があるが、それは到底できないだろう。未来を予知できるミラだが、そのような未来は見えなかったのだから。
ただひとつ見えたのは――
「猫が一匹、トンネルのような穴を抜けていく姿です」
車両を支配するどろでろろをどうにかすれば、猫が通れるくらいの穴を見つけたり掘ったりして隣の車両には行けるだろうということだ。
猫の穴……ないよりはマシな未来。マシな希望である。
「猫かー」
葵は、先程からたまに聞こえる猫の鳴き声を求めて、車両内をうろつき始める。
おいおい、とテオはミラの話を制して前足をぺろりと舐める。
「よくない未来なら、変えてやろうじゃねえか」
テオはろっこんで世界を切り分けたり作ったりすることができる。過去にはその応用で別々の地点の時空を切り分けて入れ替え、結果的に瞬間移動のような現象も起こしてきた。車両内で発動すれば、機関室へ行けるかもしれない。
一閃。
猫パンチが車内の沈んだ空気を斬ると……
「ちっ。制御できねえ」
展望車から消えたのはミラだった。
普段ならよく聞こえるテオやミラの声もこの列車内では届かないようで、ミラがどの車両に飛んでいったのかはわからない。
ミラのかわりに現れたのは、
三宅 ゆりと
餅々 きなこ。
ゆりは食堂車から、きなこは機関室から瞬間移動してきたという。
きなこは道哉の背中にふわふわと降り立つと、機関室の重要な情報を語った。
「ぶれーきのハンドル、あったよ。めのまえに “しずくちゃん” がいたけどね」
機関室には黒白滴が鎮座しているためどろでろろの支配力も最後尾の展望車とは比べものにならないが、ブレーキハンドルを引けば列車を止めることはできそうだ。
車両ごとに穴を見つけて隣へ隣へと猫、つまりテオを送り出して機関室を目指すしかないだろう。
と、ずっと猫の鳴き声を気にしていた葵が戻ってきた。一匹の猫を抱きしめながら。
「「「サニー!」」」
サニーとは、黒白滴の飼い猫である。彼女が唯一愛し、愛されていた存在である。
「滴ちゃんって、サニーに会いたがってたんだよね。せめて消える前に会わせてあげたいなー」
「でもたしか、
どろでろろはしずくとサニーがあうのをじゃましたよね……」
それを聞き、道哉は思案顔で顎をさすった。
「滴とどろでろろは、完全に一心同体というわけではないということか」
どろでろろが滴とサニーの邂逅を邪魔したというのは、それが都合が悪いということの証左であろう。
深淵に行こうとする心とは違う心が、もう一度生きたいという心が滴の中に一部でも残っているとしたら、それはサニーに会うことで目覚めるかもしれない。
みんなが目指すものはひとつにまとまり、テオは座席に降りてサニーを見つめた。
「機関室へ送るのはオレじゃねえな」
葵はサニーの顎をなでなでしながら、呟く。
「サニー。行くんだよー、大好きなご主人様のところにね」
そして道哉は立ち上がった。
「さあ、やってやろうか。サニーが行くべき道は、私たちが切り開く!」
サードシーズン第4話、ラストバトル!
「さよならのむこうがわ ~深淵特急『死兆星(アルコル)』の旅~」をお届けします。
こんにちは。網です。大役を仰せつかり、やや緊張しています。
頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
こんにちは、天村です。初めてのホワシナ担当、ドキドキしています!
皆様のアクションが楽しみです。どうぞよろしくお願いいたします。
ガイドにご登場いただきました三ヶ島 葵さん、三毛谷 道哉さんありがとうございます。
あの後テオが何度か能力を試しているので、展望車でなく別の車両に飛ばされている可能性もあります。
ご参加いただける場合は、ガイドに囚われずにお好みの車両から自由にスタートしてください。
あらまし/みなさんの魂と身体
黒白滴は、負の感情の集合体とも言える<どろでろろ>と一体化し、
世界とともに自らの死を選び、深淵へと向かって突き進んでいるようです。
少しでもののこの神魂の影響がある生き物はみな、魂をどろでろろに吸い込まれてしまいました。
(もれいびになっていない「ひと」のキャラクターも、ほしびとやあやかしも、影響を受けています)
「身体」はまだ寝子島で生きてはいますが、時が止まったように動かず意識もありません。
「魂」は、霊界から深淵へと向かう列車・深淵特急『死兆星(アルコル)』に閉じ込められています。
このまま列車から出られずに深淵に到達してしまうと、魂は消滅し、身体も朽ち果てます。
寝子島電鉄・霊界線、路線図(深淵行きは赤い線路)※クリックで拡大
みなさんは「魂」になって列車に乗ってますが、どういう仕組みか活動可能な「身体」もあるようです。
持ち物やアクセサリーなども、普段から持ち歩いているようなものであればここでも持っています。
霊体やどろでろろに対しても「物理的に干渉する能力」が通用する状態ですが、ここの身体はたまに消えます。
消えると物に干渉できませんがすぐに戻ります。(深淵まで行くと完全に消えます)
・もれいび:ろっこんを使用可能
・ほしびと:星の力をひとつ使用可能(どの星の力かアクションに記載してください)
・あやかし:あやかしの特殊能力を使用可能
・ひと:テオの言葉が聞こえる(もれいび・ほしびと・あやかしも聞こえる。聞こえないひともいる)
深淵特急『死兆星(アルコル)』とアクションでできること
深淵特急『死兆星(アルコル)』は、霊界から深淵へ向かう蒸気機関車です。
ふだんから死者の魂を乗せて運行していますが、現在は滴とどろでろろに乗っ取られている状態です。
今は日没。一晩経ち夜が明けると、深淵に到達します。
みなさんは、どろでろろにより各車両に閉じ込められています。
どろでろろは、滞りなく深淵に到達できるように様々な趣向を凝らしているようです。
深淵行きを阻止する者やサニーを運ぶ者には(時にはそうでなくても)、攻撃や妨害をしてきます。
みなさんのここでの身体は「魂」そのものでもありますので、
直接傷つけられてしまうと、もし生き残ることができても何らかの傷や異変が残る可能性があります。
各車両でどろでろろをどうにかして、その車両の前方までサニーを連れて行けば、
猫が一匹通れる程度の穴が見つかるか、あるいは掘れるようになります。
隣の車両からサニーが来たら、必要に応じて確保したり守ったりして前方へ行きましょう。
サニーと滴が会うことができれば、状況が変わるかもしれません。
名案があれば、他のことに取り組んでみてもかまいません。
NPC:サニー
黒い仔猫の猫又で、生前は黒白滴の飼い猫だった。
人の言葉をしゃべることはできないが理解はできる。(猫と話せるろっこんの持ち主は話せるかも)
滴と再会できる時を、健気に待ち続けている。
車両ごとにどろでろろは形態を変え、違う趣向が凝らされています。
自分がどの車両にいるか、何をするか、以下のA~Iの中から1つのみ選んで、
キャラクターの行動欄の冒頭に【A】などと記載してください。
※テオの能力によって、車両の順番が入れ替わる可能性があります。(機関室と展望車はそのままです)
※サニーを送り出せなかった場合、途中からサニーを探すアクションが空振りになります。
H(とI)はシーン自体が描かれません。その場合は、A~Gにアドリブで割り振られて描かれます。
※ガイド本文でのあれこれは、基本的には知っているものとみなされます。
あの後テオによって何人かが飛ばされているので、展望車での出来事が共有されていると思われます。
状況を把握しないまま楽しんでしまうのもオーケーです。
車窓からは様々な懐かしの夜景。寝子島で過ごした思い出が走馬灯のように……。
――のんびり夜景を見ながら、時には猫をもふもふし、終わりゆく人生を噛みしめませんか?
車内は消灯していて暗く、よく見えない。とても静か。
――最期くらい、いい夢を見てもいいですよね。
吊り下げられた透明なおばけ肉が暗闇に浮かび上がる。
――戦うことをやめてもいいんです。すぐに魂が冷えて、粉々になることができます。
多くの料理人が忙しなく調理中。邪魔をしてはいけません。
――戦ってみますか? 武器ならあちこちにありますよ?
お座敷の先(先頭)にはミニステージがあって、カラオケや生演奏を楽しめます。最高♪
――美味しいものを食べて気持ちよく飲めれば、他には何もいりませんよね。
廊下にもあり、窓ガラスは割れている。掃除用具ロッカーもあり。(車両の先頭は教室内の黒板)
――楽しい学校生活なんて、最後の最後まであるわけないのでした。
湯気がすさまじく、視程(目視できる距離)わずか15㎝。誰の目も気にせずゆったりできる。混浴。
――温泉に入って、魂を洗って、イヤなことぜーんぶ忘れて深淵に行きましょう♪
その他、ご注意などなど
ホワイトシナリオはアクションの文字数が300文字と少なく、
参加者多数の場合はリアクションの描写量も程々のものとなりますので、
なるべく行動や狙いをシンプルに、できるだけ1つに絞って投稿してください。
あまり難しいことを考えたくない、何も知らないままで遊びたい、というPCさんは、
A、B、E、Gを選んだ上でアクションに【のんびり】とタグを書いてください。
特にオススメなのは、Eの食堂車です。
※NPCは、原則として「上記のNPC」のみが登場します。
自由に絡むアクションを投稿してください。
(状況によってはその他のNPCが登場することもあります。指定はできません)
※Xキャラ(Xイラストのキャラ)は、今回は対応できません。
らっかみ!もいよいよクライマックス。
寝子島とあなたの未来を、切り開いてください。ご参加お待ちしております!