さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
　花緑青駅はいつものようにあやかしであふれている。列車を待つ者。周辺の施設へ連れ立って入ってゆく者。待ち合わせをする者。当然にして別れゆく者たちもある。それぞれにもはや交わらぬ道をたどり、離れてゆく。いつか再び交わることを願って。
「……そっか」
　滴はただぽつり、つぶやいた。駅の喧噪ときらめきに照らされながら、黒猫の毛並みはちりちりと燐光をはらんで見えた。
「しずくちゃん」
　きなこはどこか控えめに、しかし決然と唇を結び告げた。
「サニーは、もう」
「うん」
　いくらか落ち着いたのか、滴は静かにうなずいた。目元や頬に涙の痕は残っていたが、表情はすっきりと覚めていた。文字通りに憑き物が落ちたようだった。
「うん。分かってる」
　四歳の時分、飼い猫を亡くした。滴に落ち度は無かったが、ずっと自身を責め続けてきた。もしかしたらあの時、救うこともできたのではないか。毅然とした態度で悪辣な者たちへ対峙し、不幸不運を跳ね除けることもできたのではないか。
　しかし過ぎたことだ。どんなに手を尽くそうと取り戻すことはできない。積み上げた思い出も記憶も崩れ去ったが、絆だけは残された。
「サニーは、わたしがめんどうみるよ。この駅でね、かんばん猫になってもらうの。サニーはだいにんきなんだよ！」
「うん……」
「わたし、えきちょうさんだから。ちいさいけど、すーっごくしっかりしてるねって言われるよ。だからサニーのことはしんぱいしなくていいからね！」
「うん。うん」
「だから……だからっ」
　きなこは泣き出してしまった。７００年を生きる幽霊であっても精神年齢は子どもとそう変わらないのだし無理もない。
「大丈夫」
　清々しく滴は言った。あるいはそう演じていたのかもしれないし、目尻に光るものはあったが少なくとも、表情は晴れやかだった。
　黒猫は二又尻尾のあやかし。滴はみなのおかげで、幸いにしてまだ生者のままだ。サニーは霊界に暮らし、滴は寝子島へ戻る。それが摂理というものだろう。
「死んだらどうなるの？　死んだら終わりじゃない？　なあんて、ずーっと考えてたけどさぁ。霊界っていうのがあるって分かったから。サニーはここにいる、それが分かっただけでもじゅーぶん。ね、サニー」
　もう一度抱きしめる。ああダメだ、と漏れた言葉とともに再び雫はこぼれたが、笑顔だ。寝子島の空のように澄んで晴れ渡っていた。
　みい、みいとしきりに鳴いて、サニーは二本の尾を振った。
「うん？　どしたのサニー？」
　鳴き止まぬ黒猫へ、神野美野梨が助け舟。ろっこんを使って通訳を申し出た。
「言いたいことがあるんですって」
「ふぅん？」
　美野梨は小さくうなずいて、込められた思いの伝わるよう、ゆっくりと。

「しずく、だいすき」

　最後まで笑顔で、とはいかなかったようだ。見る見るうちに滴の顔は歪み、くしゃくしゃに泣き崩れた。
　それが二人の別れとなった。

　一週間が経った。
　ようやくにして疲れも取れてきた八神修は、街中に七夜あおいの後ろ姿を見つけて声をかけた。彼女もあの変事でいささか疲労して見えたが、全て終わってほっと安堵し、心は落ちついたという。二人、笑い合って歩き出した。
　授業が終わると、稲積柚春は英語準備室へ。幸いにして室内にはウォルター・B一人だけだった。他愛もない雑談に興じていると、日常に戻ってきたのだなと実感が湧く。柚春は胸のペンダントを懐かしむように握った。
　旅鴉月詠は止まぬ衝動に突き動かされるまま筆を振るっていた。キャンバスにはありのままを描き出しているつもりだが、まるで何かに憑かれたかのように手が止まらなかった。これは終わらせねばならない仕事なのだと鼻息荒く、心地良い創作意欲に身を任せた。
　黒白滴は学校を休んでいる。列車に同乗した多くの人々が心配しやきもきと気を逸らせたが、月原想花が訪ねたところ気疲れからちょっとした風邪を引いてしまっただけだという。
「あれ……？　滴さん、この絵って」
「あ～。いいでしょ？　もらったんだぁ」
　想花のこしらえた卵がゆをふうふうしながら、赤ら顔で壁にかけられている絵を見上げた滴はいつか見たのと変わらない、どこか斜に構えて飄々とした笑顔を浮かべていた。しかし昔のように風に吹かれて消えてしまいそうな彼女の印象は払拭され、地に足の付いた寝子島の住人と想花には感じられた。
　何が変わったようでもないのに不思議だなと思いながらに、想花は滴のお気に入りだという壁の絵を眺めた。意匠を凝らした金色の額に収められたキャンバスの中から、二本の尻尾を持つ黒い子猫が日だまりに照らされながら、きらめく純粋な瞳でこちらを見つめていた。

　しきりに首を傾けて、野々ののこは思案する。ののこにしては珍しく真剣に、ふうむと思慮深く、今朝からの長考には今のところ着地点を見いだせていなかった。
「ふうむ……？」
「あれ、野々さんどうしたの？」
「あ、英二くん！」
「何か悩みでも？　珍し、いや何でも」
　佐藤英二に声をかけられただけで、ののこは一瞬にして熟考していたことも忘れたかのように駆けだした。
「何でもな～い！　にっしっし♪　あ、かわいい猫がいっぱいいる！　ばっひゅーん！」
「あ、ちょっと待って、野々さんってば！」
　英二を置いて駆けてゆくののこの揺れるアホ毛を、テオとミラ、二匹の猫がじっと見つめていた。
　
　

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あとがき

担当マスター：網透介／天村花海
ファンレターはマスターページから！

★網透介マスターより

　網です。お待たせしました。
　ホワシナのリアクションになります。
　私はＡ・Ｂ・Ｆ・Ｈパートとエピローグを担当させていただきました。

　天村マスターと私という少々不思議なユニットとなりましたが、大変楽しく執筆できました。
　また、リアクションとしても読み応えあるものとなったのではないかと自負しております。

　らっかみ！という物語において、一つの大きな区切りとなるシナリオにこうして携わることができ、とても光栄です。
　このような機会を託していただいた運営部の皆様、ご一緒した天村マスター、ご参加いただいたプレイヤーの皆様、らっかみ！を愛する全ての方々に、感謝を。

　それでは、また次回に。
　網でした。

★天村花海マスターより

　天村です。お読みいただきありがとうございました。
　C・D・E・Gパートを担当させていただきました。

　憧れのホワシナ、ご参加くださったプレイヤーの皆さまのアクションのおかげで楽しく書かせていただきました。
　網マスターとの記念すべき合作、運営部の皆さまのお力添えで無事完成にこぎつけることができました。
　本当にありがとうございました。

　フィナーレに向かって、今後も皆さまのご活躍をお祈りし、固唾を飲んで見守らせていただきたいと思っています。
　
　それでは、ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
　天村でした。

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