さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
【寝台車】

　サニーを滴のもとへ。三毛谷道哉は餅々きなこへうなずくと、人差し指を唇の前に立て微笑む。そして車両内へ視線をめぐらせた。ゆっくり、衣擦れの音さえ立てずに。
「……サニーはどこにいるのかな？　きなこ、分かるかね」
「わかんない。どこかでねてるんじゃないかな？」
　道哉も先ほどまで猫の姿で寝こけていた。ここは寝台車だ。どうやら足を踏み入れた者を眠りへ誘うらしい。がぶりと腕をひと噛みやって気付けをしたところで、あくびをするきなこと鉢合わせたのだ。
　道哉は小声で策を伝える。
「よし。とにかくサニーを探す。私は猫又の姿で静かに立ち回ろう。きなこも音を立てずに、できるね？」
「うん！」
　しーっ。指を唇に立てる。きなこはぺろりと舌を出した。

　ライブ会場は満員だ。立ち込めるスモーク、切り裂くレーザービーム。乱舞するサイリウム。怒号めいて響く聴衆の熱狂。喜矢武あいおのソロライブは大成功といっていいだろう。アーティストとして世界へ羽搏いてゆく、その礎となるはずだ。
「そうあいおはソロアーティストとして世界へ……あれっ、姉さんは？　姉さん！？」
　がばっと起き上がる。どうやら夢を見ていたようだ。
　あたりに姉の姿は無く、代わりに獅子の形をした『らいおんでろろ』と目が合った。
「……！？」
　寝台車である。並ぶベッドには深淵へ向かう者たちが静かに眠っているのだから、物音立てるのはもちろん、騒々しいのもご法度なのだ。
「わ～～～っ！？」
　獅子が牙を剥き出しこちらへ猛然と駆け出したもので、あいおは思わず叫び逃げ出した。叫びはさらに周囲のらいおんでろろを呼び寄せ、さらにはのそりと立ち上がった『なまけものでろろ』も騒音の主をじろりと睥睨していた。
　向こうでは何を思ってからいおんでろろを手なづけようとしていた胡乱路秘子が、あいおを追いかけ始めた獅子に踏まれて「あら～？」と地へ伏し、野々ととおは「まさかののこもこの列車に！？　の、ののこぉ～！」とわめきなまけものでろろに張り倒されていた。
　必死に駆けるあいおへ、小さくかけられた声があった。
「少し、黙っていて」
　寝台の向こうに姿を現した三条神無だった。神無は寝台のひとつを叩き大きな音を立てると、代わりに口を覆って息をひそめたあいおから追いすがるらいおんでろろたちの注意を引く。暗闇には慣れていた。夜遊びというほどではないが夜歩きを好む神無は、時に深夜の墓地などへも一人赴くことがある。奇怪奇妙には事欠かない寝子島だから、そんな時には幽霊の一人や二人見かけることもある。怪異を撃退するような力は持たないが、しかし場慣れはしているのだった。
　多くのらいおんでろろが神無を標的とし突撃してきたところで、神無はつぶやく。
「いない……」
　呼吸を止めた。ろっこんが神無の姿を隠し、どろでろろは剣呑な牙を突き立てるべき獲物を見失う。
「た、助かりました……ふひ～」
「こっちへ」
「わっ？」
「静かに……」
　神無はあいおを促し、暗闇へと溶け込んだ。
　

このページにイラストを設定する