さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
　闇をたゆたう滴にとて学校生活にいくらかの希望はあったはずだ。高校生だった自分を嘉島和穂は想起する。重ね合わせる。友人と、そうでなくともクラスメートや教師や、誰かしらと会話をかわす場面はあっただろう。その全てが暗く実のないやりとりであったとは思えない。きっと小さくも希望の芽がそこにはあったはずだ。滴の胸に植わっているはずだ。でなければ、これほど多くの者らが彼女を救うため奮起するものか。
「誰かと触れ合って、ほんの少しでも和んだり、気持ちが落ちついたり、そんな瞬間があったと思うの。そしてその人たちが今、あなたを助けようとしているんだよ」
　きっと彼女の胸にはあるはずだ。そこへ和穂は狙い定める。
「ゼロではないのなら……小さな針穴だったとしても、わたしは撃ち抜いてみせる！」
　その手にダーツはないが、投げる仕草だけでじゅうぶんだ。滴の胸を貫くのだ。和穂のろっこんは彼女の内へ確かに育つ希望の芽を刺激し、増幅させるだろう。深泥王に支配された滴を見定め、腕を振りかぶる。
「……う！？」
　人型の闇の頭部に、ぎらつく青黒い光がきらめいた。瞳だ。深泥王の瞳が和穂を見つめると、縛られたように身体が硬直した。
「見られるだけでかい？　そりゃ厄介だな」
「ま、見られなければいいんだろう」
　歩に、サキリ・デイジーカッターが前へ一歩踏み出す。深泥王の瞳はあくまで一対だ。コンバットブーツの付喪神、歩の俊足俊敏は容易に捉えることかなわず。サキリのろっこんに至っては短距離の瞬間移動を可能とする。
「要するに、敵の視界に入らなければいい。それでいて影のみを残す。深泥王とやら、君が追うのはコンマ１秒前の僕だよ」
　赤刃を振りかざし瞬間移動を繰り返す。深泥王に策や思考といったものは無く、視線は手近な目に付くものを追うばかりだ。最前線の歩とサキリの姿を捉えきれず、右往左往するところを隙と見い出し、斬り込んだサキリの一閃に歩の痛烈な蹴りが深泥王を打ち据えた。
　サキリの手にはナイフ、それに湾曲する刃を持つハルパー。先日手に入れた新たな戦力を試すべく深く斬り込み抉ったつもりだったが、流動する闇が形成した巨躯が揺らぐ様子は微塵も見られない。眉をひそめる。
「ふん？　相応にタフなようだ。というより、鈍いのかな？　おっと」
　深泥王は錫杖を振りかざし薙ぎ払う。機動力を発揮し間一髪でくぐり抜けたが、巨大な闇は質量を持ち運動エネルギーを持ち、その一撃は脆弱な人体など容易く砕くだろう。
「さて、どこまでやれるか試してみようか。効かないのなら、効くまで刻むのみだ」
「そーだな、ぶっとぶまで蹴り入れてやるよ」
　サキリが攪乱し、歩もまた壁を蹴り天井を蹴りめまぐるしく跳ね回りながら蓄えた速度を全て乗せ、一蹴する。呪詛の言葉が刹那に途切れ、うめきのようなくぐもった声を上げた。
「滴くん、聞こえるかー？　約束したろ、素敵な場所に連れて行ってやるってさ。覚えてるか？」
　蹴り入れ、斬り裂き、迫る錫杖を飛び越えながらにもう一撃、一閃を叩き込む。邪悪なまなざしには決してその身をさらさぬままに。
「覚えてなくてもいいや。俺の気持ちは変わってないからな！」
　全力を込めて、直上からの落下速度そのままにかかとを振り下ろし、赤熱するハルパーは錫杖を弾き、懐へくぐりぬけ闇を青く斬り開いた。
　