さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
「湯気で何も見えませんけど、ここはお風呂でしょうか？　最近の電車にはお風呂なんてあるんですねぇ」
　巫部紫苑は裸にタオルだけの姿で歩いているが、元々肌の露出に頓着が無いので気にしていない。
「サニーさんを探して先頭まで連れて行かないとですね」
　けれど周囲は水音や話し声、歌まで聞こえてきて結構にぎやかだ。
　紫苑が音を出さないように両手を合わせると、ろっこん【死音】が発動して音が消える。
　通路にはケロニャンの洗面器、乗車記念の白タオル、石けん等が置かれている。
　湯気の中を慎重に歩きながら、紫苑はサニーを探し始めた。
（誰かの気配です）
　気配を感じて、温泉に浸かって接触を回避する。
「あ、気持ちいい……」
　心地よい誘惑にそのまま負けそうになった。
　手の届く場所にはコーヒー牛乳まである。
　だが紫苑は、気持ちを奮い立たせた。
「いえ、お風呂に浸かりながらよりも、お風呂上がりのコーヒー牛乳のほうが美味しい筈です」
　美味しいものは最高の状況で食べたり飲んだりしたい。
　そんな強い意志を持って進むのだった。

　その紫苑の声が、近くにいたハルキの耳にかすかに届いた。
（そうだ、みんなに風呂から出てもらうには）
　ハルキは声を上げる。
「皆さん！　湯上がりのソフトクリーム、瓶牛乳、品揃え豊富な自販機もありますよ｣
「ニャー！」
　猫タルトが目を輝かせた。
「何？　それはいいな」
　津止も風呂から上がり、あたりを探し出す。
　他の人たちも次々と風呂から上がりだした。
　ハルキとタルトはそっとその場を離れ、サニーを探しに戻るのだった。

　周りが見えにくい湯気の中、佐藤英二は野々ののこと一緒にいた。　
（サニーを探して黒白さんの所に辿り着けるようにフォローしよう。この車両の先頭にそこに別車両への入り口が在るはずだし）
　だが隣のののこは事情をわかっていないようだ。
「うわー、お風呂がいっぱいあるよ！」
「……野々さん、お風呂巡りしようか」
「うん！」
　この形で誘えば来てくれるだろう、という判断に、ののこは素直に乗ってくれた。
（しかし野々さんと混浴……何も見えないけど、ちょっと、というかかなりドキドキするな）
　でも野々さんなら、お風呂でだらけきった顔になって、むしろ笑っちゃうかも？
　……などと思ったりもしたのだが。
「うわー、気っ持ちいー！」
　風呂に浸かり、そんな声を上げるののこの姿は、湯気と光に包まれてなんだかやけに神々しく思えた。
　ののこはゆっくりと息を吐いて、いつもより少し大人っぽくつぶやいた。　
「なんだか命が洗われるみたい」
　英二は息を呑んだ。
（いつもの野々さんじゃないみたいだ……本当に、綺麗になっていくというか）
　幸いというべきか、ぼーっとしてお湯に沈むことは無さそうだ。
（いけない、サニーを探さなきゃ）
「野々さん、次に行こう。のんびりしてると回り切れないよ」
「えー、もうちょっと入っていたいけどな～」
　ぼやきつつも、ののこは湯から上がりバスタオルを羽織る。
　湯気で見えやしないのに律儀に目をそらしつつ、英二は思う。
（頑張って野々さんやみんなで無事に帰れるようにしないと。その為にもサニーに望みを託そう）
　