さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
【浴場車両】

　浪人生のロザリー・マルリアーヴは、湯煙の中に風呂を見つけた。
「あらあら、いつの間にか温泉に来ていたのだわ。なんだかよくわからないけれど……せっかくだから楽しんでいきましょう」
　バイトと勉強で日頃から疲れているロザリーは、深く考えずに癒しの時間を楽しむことにした。
「かけ湯をして……っと。お酒もあるのね？！」
　２０歳になっているので年齢的には問題ない。
「お風呂で飲むのは体にはよくないらしいけれど、一杯だけ……美味しいのだわ」
　目を凝らすと、なんだか奥にも何かあるようで、けれど湯気は一向に晴れない。
「……他にも温泉があるのかしら？　上がったら行ってみましょう」
　ロザリーは温泉を出て歩きだした。
「湯気で何も見えないのだわ……誰かにぶつからないといいのだけれど」
　幸いぶつかることはなく、順調にお風呂を見つけることができた。
「こっちは泡で……こっちはジェットで……こっちは電気……サウナに入るのもいいわね」
（素敵ね……いつかお兄様とも一緒に入れたら……）
　大好きな兄のことを思い浮かべていると。
「……ャアー！」
　悲鳴のような声が聞こえた。
「……あら？　猫の鳴き声がするような……？」
（本当に猫だったら溺れちゃいそうで大変ね）
　心配になるロザリー。
「もし見つけたら別の車両に運んであげたいのだわ」
　ロザリーは前へ進んでいく。

　自営業の青年ハルキ・イエハナは、カビ取り掃除に湯場に来たはずだった。
　だが周囲の様子がおかしいことに気づく。
「じい様たちに頼まれた湯場じゃないな、ここ」
　律儀に壁際カビとり掃除しつつ施設を把握する。
　列車のように見えるが後方の壁に扉はない。
　前へと歩き出すと、湯気の中に、少女の姿が見えた。
　響タルトは、サニーを探していた。
「すごい熱気だ。僕が猫なら、どこに逃げるだろう？　高いところは蒸気が上がってくるから、どこか下の隅っこかな？……あっ、ハルさん！」
「響さん？｣
　タルトはハルキの妻シオの友人で、二人は顔見知りだ。
「黒猫のサニーを見なかった？　手分けして探してもらえませんか？」　
「もちろん協力するよ｣
　ハルキがそう言った時、タルトの頭上から冷えた湯気が水になって落ちてきた。
　たちまちタルトはろっこんで猫に変身してしまう。
「……ニャー！」
「えっ、猫？　響さん？」
「ニャー」
　頷いて意思を伝えるタルト。
　
　サニーを探すハルキは、湯の中に見覚えのある人物を見つけた。
「ふうぅ～。いい湯だな。おや……どうも」
（昨年、節分で異界入口に居た……津止さんだっけ？）
　寝子高教諭津止孝道は、厳しい顔を緩ませのんびり湯に浸かっている。　
「どうも。適度に水分とってます？｣
　尋ねると、津止は湯に浮かぶ桶に手を伸ばした。
「ああ、ほら」
　見ると酒や水が入ったコップが入っている。
　なんだか少し休みたい気分に駆られる。
「足だけなら少し浸かってもいいかな」
「ニャー」
　猫タルトも誘惑に負けて、温泉に浸かっている。　
　ハルキがお湯に足を入れて周りを見ると、他にもたくさんの人の姿が見えた。
（気持ちいい……浄化される気分だ……でも、このままじゃまずいぞ）　
　風呂に浸かった人たちのとろけ切った顔を見てハルキは心配になる。
　