さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
【教室車両】

　教室は『暴力教師でろろ』によって完全なる監視・支配体制が構築されていた。授業が行われている限り、何人も立ち歩くことは許されず、無論のこと私語は厳禁である。
「くそっ、こんなことしてる場合じゃねーのに！　サニーを黒白に会わせてやらねーとぐはっ！！」
「無駄口を叩くな。この腐ったミカンどもが……！」
　授業に関連なき駄弁をもらせば、桜井ラッセルのように飛来する教科書の角が側頭部へクリーンヒットし、机へ沈むことになる。どこぞの先生のように白チョークならばまだしも、分厚い教科書の質量がもたらす衝撃は標的をたやすく昏倒させた。ラッセル、ノックアウト。

　教室は梅雨時のようにじんわりと湿っている。気温も低い。背面の壁に飾られたしらじらしい「楽しい学校生活」の書初めも滲んでしまいそうだ。
　いやそもそも、ここは教室なのだろうか？　かすかにガタゴトと列車の走行音が聞こえる。教室車両などという聞き慣れない響きは、ヴィーゼ・ベルンスタインの眉をひそめさせた。
「私、学校なんて通ったことないけどね」
　濃密な湿気は生徒らのシャツを透けさせるほどで、ヴィーゼの胸元にもまた魅惑の下着がうっすらと浮いていた。
「まったく、ひどいところね」
　授業に集中するフリを演じつつ、ヴィーゼはうんざりとして周囲を眺めた。私語厳禁、騒ぐのはもちろん処罰の対象となるが、中にはそれが許されている者もいるらしい。というより、それらは人間ではないようだ。『陰湿生徒でろろ』は迷い込んだ黒猫を捕まえちくちくとイジめている。『軽薄生徒でろろ』は机に沈んだラッセルの肩を揺さぶりあえて覚醒させ、声を上げ跳ね起きた瞬間その眉間を再び教科書がヒットし、彼は二度目のダウンを喫した。『セクハラ教師でろろ』は無遠慮にヴィーゼの胸元を覗き込んでいる。
「はあ。こんなことになってしまうなんて。我が寝子島高校もこれまでか……」
　教頭、黒崎俊介もここでは生徒の一人だが、あまり状況は把握していないらしい。ヴィーゼはそっと彼の脇腹を小突いた。
「ちょっと、あなた先生なんでしょう？　うなだれてる場合じゃないでしょ！」
「しかし、あんな暴力教師に僕が何かできるとは……というかいつのまにあんな先生を採用したんだろう、また理事長だろうか。はあ……」
「ため息ついてる場合でもないわ！」
　黒崎を叱咤激励していると、飛来した二冊の教科書が頭部をヒット……しなかった。ヴィーゼの血液が盾となり受け止めたのだ。む、と眉を寄せてヴィーゼは暴力教師を睨みつけた。
「腐ったミカンは排除されねばならないのだよ。さもなくば周囲までも腐らせてしまう」
「……やってくれるじゃない」
　