さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
　バシッ！
　急に深夜子が自身の頬を殴り、アイオは驚く。
「どうしたんですか？」
「幸せに呑まれそうになったから、自分を殴って目を覚ましています。負けるな私の馬鹿ー！」
「あの、アイオも一緒に飲みますから無茶な飲み方はしないでくださいね。……あなたにも、それに猫さんにも大切な人や仲間がいるんでしょう？　その人と一緒に食べた方がきっと楽しくなるのですわ」
「ミャー……」
　寂しそうに鳴き声を上げるサニー。

　月守輝夜は、お座敷で母親の手料理に舌鼓を打つ青木慎之介に声をかけた。
「慎之介くんのお母さんの手料理ってどんな味か気になるな。ねぇ、私も食べていい？」
「もちろん！」　
　慎之介くんの好きな味は知りたいし、作ってあげたいと思う輝夜。
「今度作ってあげるね」
「ユーも昔食べたことあるんじゃないかな。そうだ、月守のお母さんの料理もうまいよな」
「うちの家庭の味はカレーかな。シェフに作ってもらって慎之介くんにも食べてほしいな」
　言うなり、カレーが運ばれてきた。
「そう、これ。玉ねぎの形が無くなるまで煮込んでコーヒーが隠し味なの」
　食べ始めた慎之介の顔を輝夜は覗き込む。
「どう？　美味しい？」
「デリーシャス！　ヤンミー！」
　親指を立てる慎之介に安堵して、ふと気づくと隣のテーブルでサニーが物足りなさそうな顔をしている。
「サニーにはカレーは駄目だから、『ささみだニャン』を頼んであげるね」
　すぐに届いたキャットフードを差し出すと、サニーが猛然と食べ始めた。

「えっ、サニー、大丈夫？」
　さすがにキャットフードまで自分で食べるのはためらわれて、
「これはどういう味なのかな。美味しいのかな」
　などと語りかけながらサニーを見つめると、またサニーの「行動次第で変えられる未来」が見えてくる。
「あれ……？」
　見えたのは、いつまでもごはんを食べているサニーだった。
「慎之介くんもあげてみて。可愛いよ」
　サニーをなでなでしながら輝夜は言う。
「キュート！」
　慎之介からもささみだニャンをもらい、サニーは満足したようだ。
「おなか一杯になったかな」
　輝夜がおなかをなでなですると、サニーはごろんと横になる。
　そして、ゴロゴロゴロゴロと喉を鳴らす音が響く。
「大切な人に会えるといいね。私には慎之介くんがいるから、サニーも好きな人に会えるように願ってるよ」
　話を聞いていた深夜子は、静かに立ち上がる。その行動で未来を変えるために。
「私が前方まで誘導するわ」
　

（あたしは瑠奈。夢宮瑠奈。夜に漂う、夢の中の月）
　瑠奈は前方近くの席で、いつものクッキーと紅茶を楽しんでいた。
（みんないずれは死ぬんです。だったら最後は楽しいことしたいじゃないですか）
　幸せな気持ちに包まれながら、瑠奈は思う。
「あの世に行ったら、ママに会えるのかな」
　でも、まだ早い。
　十分にママに近づけたとは言えないから。
（あたしの魂はもともと、強くなんかなかったんです。この島に来て、神の魂に触れて、変わったんです）
「だから『あたし』は思い出を取り込んで、それから『私』は、未来を歌の形にして吐き出すの」
　立ち上がった彼女はステージへと向かう。
　背筋を伸ばし、いつの間にかステージ衣装に身を包んで。

「私はせれね。末明せれね。まだ夜明け前の魂。だけど、夜明けはもうすぐ」
　せれねの言葉に、乗客は食事をしながらも耳を傾けた。
「だから、ステージで楽しい音楽を流します。みんなと一緒に、一筋の光を見るために。歌いましょう、一緒に」

　音楽が流れ始め、せれねは歌う。

　いつも持ち歩いていた　小さな幸せ
　家族や友達との　あたたかい思い出
　忘れない　ずっと　
　
　すべての思い出
　魂の奥深くにしまって
　前を向いて未来を紡ごう

（いい歌ね）
　歌を聴きながら、深夜子は無事サニーを前方へ送り届けた。
　車両の壁に小さな穴が開く。
　サニーは穴の中に飛び込んでいった。
「サニーちゃん、いってらっしゃい！　望む人に会えますように。この先も気を付けてね……！」
　せれねの歌と、深夜子、そしてみんなの言葉に送られて。
　