さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～｜リアクション

さよならのむこうがわ～深淵特急『死兆星』の旅～

　
　事ほど左様に過酷な授業風景であったが、宮祀智瑜は案外満喫していたりした。
「胸を見るなら、私のを見てくださいね」
「い、いやそういうわけには……」
　しどろもどろな桐島義弘も今は生徒である。智瑜は言わずもがな。生徒と生徒、いや生徒×生徒であるならば恋愛は自由であろう。
「他の人の胸なんて、見ちゃイヤです」
「み。見てないが？」
　女性セクハラ教師でろろの爆乳は智瑜にとって確かにライバルであろう。マジメぶりながらムッツリなところもある義弘ならばひとたまりもない。しかしそんなところも智瑜は可愛いと思うし、許せる。要するに他人ではなく自分に彼の目を引きつけておけば良いのだ、比類なきふくよかな自らの胸へ。
　義弘の頬を両手で掴むと、やや強引に自身の胸元へと向けさせた。彼は目を白黒させている。
「教師の胸をガン見はセクハラですけど、私の胸ならそんなことはないですよ。だって義弘先生が大好きだから！」
　生徒同士のイチャイチャならば許されよう、しかし今は授業中であった。
「せんせー、智瑜ちゃんと義弘くんが不純異性交遊してまーす！」
　軽薄生徒でろろがチクリを飛ばし、振り向いたふたりを回転し弧を描きながら飛翔する教科書が撃ち抜いた。智瑜と義弘、ノックアウト。

　もう少し巧みに男女の交際を推し進めるカップルがあった。綾辻綾花および早川珪である。
「くしゅんっ」
「大丈夫かい？　少し冷えるね、ここは」
「そうですね、寒いです。寒いから……えいっ」
　前の席に座る大柄な生徒でろろの背で暴力教師から隠れつつ、綾花は珪の腕に抱きついた。こんな状況には案外落ち着いている珪だが、綾花の積極性にはいささかの戸惑いを見せる。
「いや、こういうのは……僕は教師で、綾辻さんは生徒で」
「今は違いますよ？　珪さんも生徒です」
　確かにいつのまにやら、ふたりは同じ制服を着ている。彼もまたここでは生徒の一人だ。
「生徒同士なら、恋愛しても……いいですよ、ね？」
「それは」
　苦笑いを浮かべながら、彼も綾花を拒む様子はなかった。ふたりはしばし寄り添い、たがいの体温を交換した。
　しかし短い逢瀬を経て、綾花は名残惜しそうにしながらも身を離し、一つ微笑んでから眉をつり上げた。
「残念ですけど、ずっとこのままではいられませんね」
　綾花にとって許しがたいことが、この教室の方々で行われているのだ。陰湿生徒でろろに捕まっているのは他ならぬ、黒猫のサニーであろう。毛をつまんで引っ張られたり、尻を叩かれたりと名の通り陰湿な仕打ちに遭っている。彼を助け出し、前方の車両へ送り出さねばならない。
「確かに。あの猫も捨ておけないし、それにあの教師の本の扱いは、なんというか。さすがに腹に据えかねる」
　珍しく憤りを露わにしながら、彼は暴力教師でろろへ険しい視線を投げた。本を投げつけるなど、司書教諭である珪には耐えがたい所業だ。無論綾花にとっても。
「横暴な教師に、虐げられるままの生徒ではいられないよね」
「はいっ、立ち上がりましょう。珪さん！」
　いざ、革命の時だ。
　