亀が迷って、人も迷って｜リアクション

亀が迷って、人も迷って

　この不思議な亀の噂は、生物部以外の生徒にもある程度広まりつつあり、一年五組の西野町かなえもその噂を聞いた一人だった。
「亀、さん？」
「うん、なんや迷子の亀らしくてな、貰い手がいないならうちで飼おう思ってんけど」
　ちょうど昼食中だったクラスメイトの花風ももに亀のことを話すと、花風は少し困ったような表情を見せた。
「……え、飼う……の？　亀さん……」
「うん、なんかあかんかった？　あ、もしかしてももちゃんの亀とか？」
「ううん、違うけど……亀さんもきっと、お家に帰りたいと思うの」
　多少控えめなものいいだったが、花風の目には迷いがなかった。逃がすための計画もすでに立てているのかもしれない。
「うーん……まあその方がええのかもしれんけど、どこがお家かもわからんしなー。亀はいま生物室におるらしいから、とりあえず見に行かへん？」
「うん、亀さん、見てみたいの」
「よし、きまり！」
　善は急げ。西野町と花風は食べていた弁当と、もっと食べたいという気持ちをしまって生物室へと歩を進めた。

　しばらく実験を進めていると、新井が何か思い出したように切り出した。
「ごめん神野さん、ちょっと外していいかな」
「？　いいけど、どうしたの？」
「ちょっとお手洗いにね。一緒に行く？」
「早く行って来なさい」
　冷静な返しにわざとらしく「ちぇー」といいながらトイレへ向かおうとする新井を尻目に、神野は残された亀と目を合わせ、甲羅を軽くなでた。
「……最初はこれだけでも迷子になってたのに、今は多少触れるくらいだったら迷わなくなってきたわね。この子が疲れてる……というよりは、私に慣れてきたのかしら」
　物は試しと、軽く亀の頭を小突いてみる。すると亀はびくっと震え、頭を甲羅の中にひっこめてしまった。
「あら」
　ふと気がついて振り返る。新井の姿はすでに無かったが、トイレに行くのだからさほど遠くには行っていないはず。もし今ので新井も迷子になっていたら……。
　そんなことはないかと思い直したところで、
　甲高い女子の悲鳴と、それに混じった新井の声が聞こえた。
「まさか……！」
　神野は亀をその場に置いて、声のする方にかけていった。
　道はわからなくなっていたが、声を頼りに進んでそれらしい扉を開ける。が、そこには新井の姿はなかった。いたのは、立ち並ぶ小便器に向かって立って、呆然とした顔でこっちを見ている……。
「す、すいません、失礼しましたっ!!」

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