あなたがここにいてほしい｜リアクション

あなたがここにいてほしい

　今日はデートではあったが、柚春にとっては学びの機会でもあった。
　柚春はひそかに考えていたのである。
　食器に限らず、僕は高級なものを日用品にふんだんに使えるほど裕福な育ちではないけど、ワットに恥をかかせない振る舞いはできるようになりたい。
　本を読んでも身につかないこと、いっぱい教えてほしいんだ。
　だから柚春はウォルターを観察した。学び取ろうとした。彼のセンスを。視線の動きかた、手に取って品定めするときに留意していること、店員にたずねる内容にいたるまですべて。
　けっして買い物上手ではないだろう。ウォルターは移り気で、これに決めたかと思ったらすぐ別のものに目を奪われる。ひどいときにはレジの列に並んでいる途中で、別の商品に心奪われて列から離れたりもする。店のお勧めは一応聞いたり見たりするが、次の瞬間には忘れている。これというこだわりはあるようでなくて、シックなものを購入した直後、突飛なものを気に入ったりもする。
　でもそのすべてが、彼らしく絶妙なセレクトになるのだ。
　スープ皿、小皿、陶磁器製のカトラリー、どれも格調高くお洒落だし、どこか茶目っ気というか、遊び心も含まれている。買ったものを白いテーブルクロスの上にならべていくだけで、ウォルターという人物が浮かび上がってくるかのようだ。晴月は魅了されてしまう。
　最初の会話ではないが、たとえ刑務所で使うようなアルミ皿であろうと、ウォルターに選ばせれば統一感のある高雅なものを見つけてくるだろう。
　やっぱり、ワットてすごいや。
　買い物につきあうだけで楽しいし、自分が磨かれる気もする。
　センスって、一朝一夕で身につくものじゃないと思うけど、僕もいくらか経験値をもらえたかな。
　こうやってワットから学んだことは、僕にとって役立つことだと思う。
　柚春は自分の右耳を意識した。
　ピアスの穴を。
　――たとえワットが、別の人を選んだとしても。
　学んだことは消えてほしくない。ピアスの穴のように、消えない傷として残ってほしい。
　僕たち、両想いだってわかって嬉しいはずなのにね。
　それでもまだ、恋人じゃないんだよね。
　柚春は唇を噛む。ごく軽く。彼に気づかれないように。
「あれもこれもとはいかないか。食器棚の容量もあるからねぇ」
　などと言いながら実際はあれもこれも買ったが、すべて配達にしたのでウォルターの両手は空いたままだ。いや、片方は柚春と結んでいるから、空いているのは片手ということになる。
　その空いたほうの手でウォルターは行く手を指した。レストランフロアだった。
「そろそろお腹空かないか？　何か食べよう」
「えっ？　もうそんな時間？」
　驚いて柚春は手首を返し時計を見た。正午どころか十三時に近い。
　ご馳走するよ、とウォルターは前置きして言った。「何が食べたい？」
「何でも」
「困る回答だなぁ」
　はははと笑う彼に、「あ、でもっ」と柚春は声を上げた。
「ボックス席のある店がいい。それも、できれば狭い席」
　うんと狭くて、額をくっつけあうくらいでもいいと柚春は言った。
「不思議なリクエストだなぁ。どうして？」
「だってそのほうが、ワットを独占できる気持ちになるでしょ？」
「おやおや」
　口は出さねど、子どもっぽいことを言うんだねと言わんばかりにウォルターは眉を下げた。
　子どもでごめんなさい。ワットを困らせたいわけじゃないんだ。
　だけどそれこそが、僕にとって一番のご馳走だから。
「いいでしょ？」
「いいよ。ちょうどそういうカフェを知ってる」
　カフェランチというのも乙（オツ）なものさとウォルターは笑った。
「ふふっ」
　柚春が笑うとウォルターも笑った。
　早くも席に着いたつもりで、柚春はウォルターに告げるのだ。
「これからもあいしてるよ」
　今度はウォルターが、不意打ちを受ける番となった。