あなたがここにいてほしい｜リアクション

あなたがここにいてほしい

「なんなんだよォ！？」
　十輪田は出口前でたちつくす男をつきとばし、光線が飛んで来たのとは反対方向に駆け出す。
　だが分厚い鉄板に顔面を打たれる結果となった。ひぎゃっ、と動物園の猿のような声を上げ十輪田は座り込んだ。両方の鼻からは真っ赤な血がどくどくとこぼれだしている。
　隣室のドアが開いたのだ。勢いよく。
「警察だ！　不同意性交等未遂で緊急逮捕する！」

　水槻清恋が立っていた。腕には捜査員の腕章、手袋をはめた手には警察手帳。ぽかんとした表情の十輪田に飛びかかると、たちまち手錠を後ろ手にかけてしまった。
「サツって……なんで……十輪田君ここなら絶対安全だって……」
「マジかよお！　俺就職決まってんのによお！？　いま捕まったらおじゃんじゃんかよお！」
　部屋から出てきた男ふたりは、何が起こったのかまだ理解しきれていないようだ。青ざめた顔を向ける。
「馬鹿言ってんじゃない。動くな」
　清恋の声は氷のように冷たかった。
　残った男ふたりは廊下の前後を見比べる。
　片方の通路先には清恋。
　もう片方には、解理だ。
　くみしやすいと思ったか、
「俺マスコミに就職決まったんス！　許してくださああい！」
　と叫び解理に突進をこころみた男は、彼女の背後からあらわれた小山のような男に組み伏せられている。
「往生際が悪いですね、はいー」
　丸っこい体型ながら吐前亀二郎は古武術『庵流』の達人だ。血迷った素人を行動不能にすることなどわけもない。
　残った男ひとりは、腰が抜けたのかその場に座りこんでしまった。
「べ、弁護士を呼べ……っ。親父の会社の弁護士だ。弁護士が来るまで何も話さねーからな……」
　などとつぶやき続けている。　
「弁護士はどっちでもいいけど、それは降参、って意味でいいのかな？」亀二郎の隣には田中・ワージントン・広の姿もあった。「やれやれ終わったか。これで俺やっと、久方ぶりにぐっすり眠れそうだよ」

　なぜ警察がここにいて、十輪田をはじめとする犯人を逮捕してくれたのか解理はわからない。
　状況の整理もできない。目指すドアに耳をつけ貴子の叫びを聞いた瞬間、解理はとっさに「火事だ！」と叫び非常ベルを押した。人は「助けて！」と言ってもなかなか動かないものだが、「火事だ！」なら自分も危ないから行動すると踏んだのだ。
　効果はてきめん、解理のビームでも焼き切れそうもない分厚いドアはたちまち内側から開いたのである。
　すでに解理は部屋に踏み込んでいる。すぐに床に倒れている貴子を見つけた。
「貴子さんっ！」
　助け起こす。着衣に乱れはないが暴力はふるわれたようだ。必死で揺さぶると彼女は目を開けた。
「伊賀……さん？」
「そうです！　僕です！　貴子さんはご無事で！？」
「平気……ちょっと、眠いだけかな……」
　嘘だ。唇が切れているではないか。頬も腫れている。
「こんなときまで強がるなんて、貴子さんは……貴子さんは……！　どんだけ意地っ張りなんですか！」
　もう堪えきれない。涙があとからあとからあふれて、おまけに鼻水まででてきて解理は大変なことになっている。土砂降りかつ洪水だ。でも構ってなんかいられなかった。
　そんな解理の心境を知ってか知らずか、貴子は夢見心地の表情でゆっくりと告げた。
「伊賀さん、私」
「はい」
「なんかね、いよいよ危ないってときに……伊賀さんのこと考えたよ。あなたがここにいてほしい、って」
「僕の、こと？」
「……うん。伊賀さんなら、助けてくれると思ったから」
　願いがかなったね、と微笑むと貴子はおだやかに目を閉じたのである。