あなたがここにいてほしい｜リアクション

あなたがここにいてほしい

　音楽が鳴っている。ひどく下腹にひびくリズムだ。
　クラブミュージックの最新流行らしいが、音楽に詳しくない貴子にはよくわからない。
　耳障りなくらいうるさいと思うだけだ。
『ボリューム下げてもらえませんか？』
　そう言いたい。いや、言っているつもりだ。なのに唇から声が出ない。声だけではない。頭には濃いスモッグがかかったような気分で思考が働かず、足腰からも感覚が消えて力が入らない。
　女性の先輩は結局こなかった。テキーラを半口ほど飲んでから、貴子は様子がおかしいと気がつきはじめた。四人の男たちが自分を囲むような配置になったのである。ぐつぐつ煮え始めた土鍋より、貴子のほうに興味があるというように。
　しかしおかしいと気づいたときはもう、貴子の脳はとろけはじめていたのだ。平衡感覚がない。宇宙遊泳でもしているような気分である。ひたすらに眠かった。
「おやおやー、北っちおねむのようだねぇ～」
　十輪田がにじり寄ってきた。近い近い、パーソナルスペースの侵害だ。
　間近で見ると十輪田黄金はそれほどカッコよくなかった。むしろだらしない男に見える。目は血走っていて、口はいやらしく歪んでいる。鼻の下もラクダみたいに長くて、酒のせいかテカテカしている。厚塗りしたメッキが剥げて地がむきだしになったように見えた。
「いいじゃん？　いいじゃん？」
　何がいいのかわからないが、問いかけながら十輪田が肩に手をかけてきた。こういう風になれなれしい男が貴子は嫌いだ。しかし『やめてください』と拒絶したつもりだが口調はふにゃふにゃで意味をなさなかった。抵抗できない。
「じゃ、脱ぎ脱ぎしようかぁ」
　十輪田が服に手をかけてきた瞬間、貴子の意識はごくわずか目覚めたのである。
「何するんですかっ！」
　大声を出して立ち上がり身を引いた。一瞬、足が地を踏んでいる実感があった。
「帰ります」
　叫んだつもりだがやはり声に力がない。かすれ声になる。
　こうなることはわかっていたというのか。
「まあまあまあ～」
　ニヤニヤしながら十輪田が近づいてくる。
「来ないでっ！」
　貴子は渾身の力で十輪田の顔面を張った。このときだけは体も動いた。
　十輪田が足を滑らせて尻餅をつく。十輪田以外の男たちがどっと笑った。だが当人はこれに参加せず、
「てんめぇーッ！」
　立つなり貴子の頬を張り飛ばしたのである。十輪田は怒りでものすごい形相になっている。貴子は受け身も取れずに倒れた。
「俺らの性欲処理道具のくせにッ！　生意気なんだよ！　女なんてのはなぁ！」
　狂ったようにわめきながら、十輪田は倒れた貴子を三度蹴りつけた。さらに、かがんで貴子の胸元に手を伸ばし周囲に怒鳴った。
「ヒン剥いてやんよ！　オラお前らカメラ回せやッ！」
　だが十輪田は動きを止めた。このとき外から、
「火事だ！」
　全力の叫びが聞こえたからだ。非常ベルも鳴った。
「マジっ！？」
　部屋から飛び出した最初の男は、解理の破壊光線を浴びて廊下にもんどりうった。　