新しき、年の始めに。｜リアクション

新しき、年の始めに。

　冬の朝は、キリリと冷たい空気が張り詰めたような心地がする。おまけに今日は始業式、いよいよ高校生活締めくくりとなる3学期の始まりの日となれば、何だか特別な心地がして。
　いつも通りの通学路も、今日は何だか違った風に見える。ゆえに新鮮な心地で歩いていたら、彰尋くん、と後ろから声がかけられた。

「おはよう、彰尋くん！　あっ、明けましておめでとうございます？」
「あけましておめでとう、あおいさん」

　振り返れば、白い息を軽く弾ませた七夜あおいが手を振りながら、にっこり笑顔を浮かべている。そんなあおいに彰尋も挨拶を返し、自然と2人並んで歩き始めた。
　寝子高までの長くはない道のりを、そうして他愛のない会話を交わして、歩く。

「あおいさんは冬休み、どうだった？　俺は自分の宿題をこなしたり、妹や弟の宿題をみまもったり教えたり、年末年始の用意をしたり、色んな準備に追われてたんだ」
「彰尋くんも？　うちもだよ～。もう、毎回恒例だよね」
「どっか遊びにはいった？」
「うーん、ちょっとは行ったけど。彰尋くんは？」
「あおいさんと同じく。多分、同級生なら大体みんなそうだったんじゃないかな」

　だって受験生だから、と。言わずともお互いに受験生の身の上であれば、だよねぇ、うん、と心の底からの同意とため息が漏れた。
　それが見事に重なって、彰尋とあおいはふと顔を見合わせ、クスッ、とこれまた同時に笑う。受験勉強も、それに向けた準備も、その後のための下準備も色々と大変だけれど、こうして『大変』を共有して笑える相手が居るのは、楽しい。
　ゆえに彰尋は微笑んで、そうそう、と話題を変える。

「放課後はせっかくだから、1人暮らしをする予定の家を見に行こうと思ってるんだ。ちょっと予定を早めて、今月末には引っ越す予定だから」
「えっ、そうなの？　どこどこ？」
「学校から遠くないんだ。桜花寮も近いかも。シーサイドタウンの……」

　そんな彰尋に、驚きに目を瞬かせたあおいに尋ねられ、簡単な場所を教えたら「――そっか、彰尋くんも進んでるんだね」としみじみされた。あおいもきっと、あおいの進路に向けて色々と頑張っているのだろう――だって彼女は頑張り屋だから。
　そう、胸の中で得心して彰尋は、進んでるよ、と頷いた。――確実に、1歩ずつ。

＊　　＊　　＊

　始業式も、ホームルームも無事に――『あの』霧島義弘先生を前にして、八十八旗信彦が宿題の存在自体をすっかり忘れるという『偉業』を成し遂げ、教室中に絶対零度の空気が張り詰めたりもしたが、概ねは無事に――終われば、あっという間に放課後だ。特に学校に残る用事もない彰尋は、予定通り帰宅がてら、新居の様子を見に行くことにした。
　朝あおいにも説明した通り、学校から新居予定の場所まではそう遠くはない。さらに言えば、自宅からも遠くない場所なので、何かあれば気軽に家に戻れるのも良い場所だ。
　校門を出た彰尋は、まずは未来の新居に向かって歩く。1月末に引っ越して、2月の初めからは新居で暮らす予定なので、その頃には自由登校も多くなっているかもしれないにせよ、この道が新たな通学路となる可能性は高い。
　ゆえにその視点も持って、道すがらの風景や立ち並ぶ家、1人暮らしを始めたらお世話になりそうなお店などをチェックして歩く道は、ひどく楽しい。

（なにが必要かな、家から持っていくものの他に買わなきゃいけないものがあるのかな）

　受験勉強と並行して、こまごまと荷物の整理も進めてはいるが、なにしろ自分1人で暮らすなんて初めての事だ。色々と生活のシミュレーションをするたびに、あれは要るかも、これも要りそう、と必要な物が増えていく。
　それでもきっと、実際に1人暮らしを始めれば「あれが足りなかった」「これも買い足さないと」となるのに違いない。その夢想にすら、そわそわとしてしまう彰尋だ。
　心持ちゆっくりと歩くうちに、行く手に『新居』が見えてきた。と言っても今はまだ彰尋の家ではないのだから、失礼になったり不審に思われないよう、心持ち歩く速度を緩めつつも、チラッ、と眺める程度に留める。
　――本当は、1人暮らしをするのは大学生になったらと決めていた。それを、兄からの提案で早目に体験してみることになり――予想外の出来事は、彰尋に興奮と忙しなさをもたらして。

（きちんと過ごさないと、あっという間に過ぎそうだな）

　高校生活も、日常生活も、受験勉強も、他にも色々と。そう自分に言い聞かせ――それでも口の端に笑みを浮かべながら、彰尋は自宅へと歩き出したのだった。

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