【お正月】めでたや初春、猫の島の犬の年｜リアクション

【お正月】めでたや初春、猫の島の犬の年

☆重い幕開け

　朝鳥さゆるは、同棲中の恋人、姫木じゅんと1年の幕開けを迎えました。
「このおせち、まあまあね」
　取り寄せたおせちを食べながらじゅんが言います。
「そうね」冒されている
（表面上はいつも通りに振舞っているようだけど……）
　じゅんの同僚であり、悪性脳腫瘍に冒されている九鬼姫の容体はあまりよくないらしい、とさゆるは察していました。
　口には出さないけれど、「その日が来る」のを覚悟している様子なのは、恋人としてじゅんをよく見ているさゆるには感じられるのです。
「ごちそうさま。さて、正月からアニメ鑑賞といきますか」
　食事を終えると、じゅんはソファーに座り撮り溜めしたアニメの鑑賞モードに入りました。
　さゆるは後片付けをし終えたら彼女の隣に座って鑑賞に付き合う──それがじゅんと同棲してからのさゆるの日課になりつつありました。
（たしか今回は深夜アニメの最終回だったかしら）

　けれど、食器の片づけを終えようとするさゆるの耳に、押し殺したようなすすり泣きが聞こえてきました。
「……っく……」
　明らかにテレビの音声ではなくじゅんの声です。
「……じゅん？」　
　何事かと思って駆けつけると、じゅんはTVにくぎ付けになったまま嗚咽を漏らしていました。
　視線の先を見れば、画面の中ではちょうど九鬼姫のような『のじゃっ子』のキャラが亡くなるシーンでした。
『人が死ぬのを見届けるのって、どんな感じ？』
　先日のじゅんのささやきが、耳に蘇りました。
　じゅんが今のシーンを九鬼姫に重ねてしまったのは聞くまでもなく明らかでした。

「……」
　さゆるは何も言わず、じゅんの隣に座りました。
　そしてじゅんを抱き寄せて、しばらくそのままにしていたのでした。
　お互いの体の温かみと触れる感触だけで思いを伝えるように。
　数時間、二人はそのままでいました。

　じゅんはそっとさゆるの体から離れ、涙に濡れた顔で洗面所へ向かいました。
　水音がしばらく続き、戻ってきたじゅんの顔に涙はありませんでした。
「もう一度神社に行こう」
　と支度を始めたじゅんに、さゆるは頷きました。
　先日雨上がりに一緒に回復祈願に行った寝子島神社。
　夜でも参拝客でそこそこ賑やかな神社では、誰もが正月気分で幸せそうに見えました。
　二人は黙って拝殿に立ち、手を合わせるのでした。

「見舞いに付き合ってくれる？」
　じゅんの言葉に、知り合いでもない自分が行っていいのか、さゆるは一瞬迷いましたが。
　今さら否やがあるはずもなく。
　二人は病院に立ち寄り、さゆるは初めて『八幡かなえ』と書かれた病室を訪れました。
　目を閉じてベッドに横たわる九鬼姫の顔は青白く、土気色にすら見えて。
　素人目にも難しいと思えましたが、さゆるは願いました。
（九鬼姫さん、お願い。じゅんを泣かせないで）
　自分の時には起こせなかった奇跡を、心から。