【お正月】めでたや初春、猫の島の犬の年｜リアクション

【お正月】めでたや初春、猫の島の犬の年

☆神社でバイト

　１２月のある日のこと。
「お姉ちゃんの巫女姿見たいな」
　寝子高１年生の妹、仙藤蒼がそんなことを言うのはこれが初めてではありませんでした。
（確か今年のお正月にも言ってたわね……）　
　そんなことを思い出しながら仙藤紫は、
「仕方ないわね」
　と苦笑して、高校時代やっていた巫女のバイトに復帰することを決めたのでした。

「……ってわけで、お姉ちゃん巫女のバイトをしてくれることになったの。私もやってみようかな」
　何の気なしに蒼は友達の宮内詠美にそんな話をしました。
「……私も一緒にバイトするわ」
　突然詠美が言い出し、蒼は目を丸くしました。
「……えっ？　詠美も巫女やりたいの？」
「バイトはするつもりだったし、知り合いがいたほうが心強いし」
　こうして、正月三が日は寝子島神社で紫と青、それに詠美も一緒に巫女のバイトをすることになりました。

　
　年が明けて、紫は2年ぶりに巫女の衣装に袖を通しました。
（巫女のバイトは高校時代にずっとやっていたのよね。大学受験はAO入試で済ませたから、3年の時も）
　蒼と詠美にとっては初めての衣装です。
「おかしくないかな？」
　緊張した様子で尋ねた詠美に蒼は、
「大丈夫、似合ってると思うよ」
　と頷きました。
「蒼も似合ってる」
「そりゃあね。お姉ちゃんの妹だしね」
　そんな二人を見ながら、紫は内心心配していました。
（このバイト、正月三が日だけだけど、寝子島神社は毎年込み合うから気が休まる暇がない。それに立ち仕事だから慣れないと本当にキツいのよね。大丈夫かしら）
　紫が心配しているのは、要領のいい蒼よりもとにかく負けん気の強い詠美のほうです。
　OGとして水泳部で教えたことで、彼女の性格を知っていたのでした。
　紫同様、蒼も心配していました。
（クリスマスクルーズの時も一緒にバイトしたけど、詠美は負けん気が強いのよね。それは好ましい姿勢と思うけど、時折空回りして暴走しかねないから……）
　蒼は見ていてハラハラするのでした。
（大人しくしていればそれなりに可愛い子なのに）

「仙道さんの妹さん？　お姉さんはよくわかってるから、教えてもらえて安心ね」
　説明役の巫女さんは安心した様子で、紫に指導を任せました。
「仕事は売り切れたおみくじやお守りや破魔矢などの補充とかが主だけど、トイレの場所とかいろいろ質問されることもあるわ。常に参拝客に見られていることを意識して、姿勢を正してね」
　紫はそんなふうに説明しました。
「はい！」
「はーい、任せて」
　気合が入った詠美と、調子よく返事をする蒼。

「おみくじ、持ってきました」
「おつかれさま。人が途切れるのを見計らって補充してね」
「はい」
（今のところ仕事ぶりは問題なく、普通にこなしているようで安心）
　詠美の様子を見ながら、蒼はほっとします。
（それにしても巫女さんのバイトって結構重労働……）
　基本、一日中立ち仕事ですし、社務所に連れて行かれた迷子の世話までする羽目になり、忙しくて休む暇がありません。
（水泳部に入ったのはゲーマーとしての体力づくりのためだけど、まさかここでも役に立つなんてね）
「ママぁ……」
「泣かないで。もうすぐママ来るからね」
　詠美も頑張っていますが、迷子をなだめつつ顔が引きつってきているのがわかります。
「ねえぼく、カプセルギア知ってるかな？」
　ふと思いついた蒼の問いかけに、泣きそうだった子供が驚いた顔になりました。
「お姉ちゃん、カプギア知ってるの？」
「知ってるよ。お姉ちゃんはカプギア詳しいんだから……」
　子供は機嫌を直し、お母さんが迎えに来るまで夢中でカプギアの話をしていたのでした。
「バイバイ。もうママから離れないでね」
　詠美が笑顔で手を振ります。
　ほっとしつつ改めて蒼は思いました。
（こんな大変なバイトを、しかも楚々とした態度は崩さず3年間続けて来たんだから、やっぱりお姉ちゃん凄いわ）

（やっぱり巫女は大変ね……それでも私は経験がある分、様々な状況に対応できるけど）
　二人の働きぶりを横目で見つつ、紫は思います。
　蒼と、もう一人のバイト宮内詠美。
（詠美はとにかく負けん気の強い子だから、その負けん気の強さで空回りしないかな……と思っていたけど）
　蒼が一緒のおかげもあるのか、意外とうまくなじんでいるようでホッとしました。

（あれ、あの人の服……ちょっと似てる）
　ふと紫は、参拝客を眺めていて去年のことを思いだしました。
（去年のハロウィンと、クリスマス。元カレの神宮誓一と偶然再会したっけ）
　三歳上の響一は、紫と別れた後本土の大学院に進んだということでした。
　彼もまた独り身だと言っていましたが……
（一度ならまだしも二度なんて……さすがに三度目はないよね。ないと思いたい）
　それは不安のような、それでいて期待のようでもある気持ちでした。
　三度目に会ったら、運命だと思えてしまうかもしれない。

　幸い三が日に響一が来ることはありませんでした。
（だめね……新年なんだもの、もう気持ちを切り替えなきゃ）
　バイトをやりきって晴れ晴れとした表情の蒼と詠美を見ながら、紫は過去を忘れたいと願うのでした。

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