Thank You for Loving Me｜リアクション

Thank You for Loving Me

　叫びたい。声を大にして叫びたい。
　天にも届けと叫びたい。
　世界よ聞けと叫びたい。
　でも本当に叫んだりはしないのだ。冴木竜司が魂の叫びをあげようものなら、全身の筋肉がパンプアップしてしまうから。オリンピック級に爆走したり百五十キロのバーベルをひょいと上げたりできてしまうから。盛り上がりすぎてその両方を、いっぺんにやってしまいそうだから！
　だから叫びは心のなかの嵐にとどめる。力強くシャウト。ただし無言で。
　今日も超！絶！キュートだぜまゆさんっ！
　けれど感激の涙がこぼれてしまうのだけは、どうか許してほしいのだ。
「ぶえおあうおー！　まゆさあああん！」
　竜司は怒濤の漢（オトコ）泣きを披露した。熱きパッションのダム決壊には相原まゆもたじろぐほかない。
「どしたの竜司くん！？　お腹痛いとか！？」
　なにか極端に感激を誘う事実があったわけではなかろう。単にまゆは待ち合わせ場所に来ただけなのだ。シーサイドタウンでもとりわけ目立つ駅前ショッピングモールのエントランスである。
　といっても本日、竜司とまゆのシチュエーションは、単なる待ち合わせではなかったのだ。
　ふたりが正式に交際を開始してから初となるデートの待ち合わせなのである。
　もちろん竜司も服装には気を配った。古着屋で買ったグレーのダウンジャケット、定価で買えば大卒初任給くらいするというブランド品を店主に泣き落とし攻勢をかけ、ただでさえ半額以下なのをすさまじくディスカウントしてもらったものをメインにチョイス、かろやかなベージュニットと黒いジーンズを組み合わせてすっきりまとめた。足元だってスニーカーではなく黒のショートブーツだ。これとて複数店舗をまわり血眼になって一番安く、しかし見た目が上品なものを探したのである。おかげで『さわやかな大学生』感は演出できていると思う。
　だがさすが社会人、まゆの着こなしはもっとずっと上だった。ライトブルーのチェスターコート、活動的な白いパンツ、靴こそヒールで大人びているものの、どこか背伸びしたロリータ感がただようのは彼女らしいところ。童女みたいな丸顔なのに、しっかり出ている胸元もアンバランスにして魅力的である。身震いするほどかわいい、美しい、最高である。しかもまゆが着ているニットはなんとベージュカラーなのだ。つまり竜司とおそろい！　色調も近い。まるで示し合わせたようなペア感ではないか。
　これにたちまち竜司は参ったというわけだ。
「お腹痛いんじゃないです！　まゆさんのお姿が最高すぎてうっかり昇天しそうになったんですっ！」
「来たばかりでいきなり死なないでよ」アハハと笑ってそれでも照れくさそうに、「……まあ、誉めてくれるのは嬉しいけどさ」とまゆは小声でつけ加えた。
　なんだろう。じんわりと嬉しい。
　さっきまでのうかれポンチな嬉しさとはまたちがって、竜司はしみじみとまゆのことを、愛おしく思わずにはいられなかった。
「じゃあ今日は」
　夏の朝のような晴れやかな顔で竜司は言うのである。