Thank You for Loving Me｜リアクション

Thank You for Loving Me

　あれ、なんだか雰囲気――。
　変だと想花は直感した。
　待合いのロビーまで来た。品のいい調度品は今日も圧巻だ。
　意外だったのは、そこで紗櫻都の母クレマンティーヌ・オブリと鉢合わせしたことだった。
「あっ、想花さん……！」
　なのに取り乱している様子だった。目が赤く、いつも完璧なメイクが崩れている。まるで、泣いているように。
　いや、泣いてたんだ。
　クレマンティーヌ自身、気づかれたと悟ったのだろう。お早い到着ですねと取り繕うように言い、不細工なところを見せてしまってとうつむいた。
　まずかった。
　寒かったせいもある。電車がちょうどいいタイミングでホームに入ってきたせいもある。
　だけど失態だった。それならそれで時間をつぶしてから来ればよかったんだ。
「こんにちは、うっかり早く来すぎてしまって」
　言いながら想花は視線をさまよわせる。天井、床、置いてある雑誌類から壁の風景画まで、証拠品を捜索する探偵みたいにあちこち目線を流すが、無意味な努力だと理解している。ハエを追うカメレオンみたいだ。どう考えても不審な行動ではないか。
　とにかく何か言わねばと、穴のあいた水道管に手をあてる気持ちで想花はたずねた。
「あの、紗櫻都さんは……？」
　彼女はずっと撮影に付き合ってくれた。今回もそのはずだった。
　ところがクレマンティーヌは首を振ったのである。
「紗櫻都は……いません。出て行ってしまいました」
「出て行った？」
「はい。じつは私たち、ついさっきケンカしてしまって」
　走り出たのだという。
　えっ！　と想花にしては甲高い声が出てしまった。失礼だと気がついて慌てて口に手をやるがすでに遅い。
　紗櫻都とクレマンティーヌはとても仲のいい親子だと思う。少なくとも想花にはそう見えた。ずっと軽口をたたきあっており和気あいあいとしていて。クレマンティーヌの見た目が若いおかげもあって親子というよりは姉妹みたいに思えたものだ。
　そもそも紗櫻都は実年齢よりずっと大人だ。クレマンティーヌもおだやかで、このふたりが感情的になるところなど想花には想像もつかなかった。
「ごめんなさい。あの、ぼく、驚いてしまって」
「いいんです。想花さんは悪くありません。紗櫻都も」
　クレマンティーヌは目をハンカチで押さえた。
「悪いのは、私です」
「そんなこと」
「いままで隠していた事実を、つい口にしてしまって……」
　まずいまずい、だとしたらそれ、ぼくはなおさら聞かないほうがいい話だよね。
「とっ、とにかく、ですね！」
　きびすを返して想花は言う。
「ぼく、紗櫻都さんに呼びかけます」
　西部劇の拳銃使いみたいに素速くスマホを取り出すと、想花は光の速さでNYAINを起動した。メッセージを早撃ちもとい早打ちする。
『店に着いたよ。どこにいるの？』
　返事はないかもと危惧したが、紗櫻都はすぐに返信してきた。
『私なんか……』
　あきらかに健全な返事ではない。「そんなこと言わないで！」と叫びたくなる気持ちをおさえて想花はすぐにレスを送った。
『話そうよ。ぼく、紗櫻都さんと話したいな。どこにいる？』
　今度はしばらく返事がなかった。
　こうなったら勘を頼りに飛び出して近場を探そう、そう決めたときである。
『駅の南。エノコロ岬のあたり』
　紗櫻都からの返事が届いたのだった。
　どんな事情かはわからない。
　だけど、このままにしてはおけないよ！
「ぼく、迎えに行きます」
　クレマンティーヌに言い残し、想花は店を飛び出した。