【大晦日】猫の島がわんわんわん！｜リアクション

【大晦日】猫の島がわんわんわん！

感謝の夜

「寝子島で迎える正月も今年で５回目だよ、おばあちゃん」
　祖母と一緒にお節料理の準備をするため、梓智依子は朝から台所に立ち続けていた。
　そうねえ、と隣に立つ祖母も感慨深そうに相槌を打つ。
「あ、ほら黒豆、煮立ってきた。灰汁を取って」
「はい」
　鍋はいくつもあって、並行していくつもの料理を作っている。ひとつは黒豆。ひとつは煮物。ひとつは栗きんとん……。近ごろは買うのが主流のようだが、祖母は手作り派だ。祖母の指導で黒豆の灰汁を掬っていると、５歳になる娘の楓が「ママー」とかけてきた。
「楓。今、火を使ってて危ないから抱きつくの禁止。ちょっと待ってね」
　智依子にとって今年は高校生と一児の母という二足の草鞋を履くことになった一年だった。祖父母に何もかも甘えるわけにはいかないと生活費のためにバイトもしていたのでかなりハードワークだったのだが、大晦日と正月はバイトが休みでほっとしている。
　灰汁を取り終え、差し水をして、鍋の中が一旦落ち着いたのを確かめると智依子はくるっと振り向いてしゃがみ、楓に目線を合わせた。
「楓、おじいちゃんのお手伝いは？」
「おそうじ？　もうおわった！」
「そうなのね。よくできました」
　楓の頭を撫でる。楓は勝ち誇ったようにちょっと小鼻を膨らませた。
「ママ！　がんばったから、あまくてきいろくておいしいの、たべていい？」
「たまごやき？」
「ちがう！」
「栗きんとん？」
「そう！　くくりんとん！」
　舌が回っていない様子に、智依子だけでなく祖母もくすっと笑ってしまう。
「おいしいよね。でも今日はダメ」
「えーなんで！」
　楓の可愛さに絆されそうになってしまうが、いま味見させてしまったら、ちょっとだけちょっとだけと言って明日にはなくなってるに決まってる。
　智依子は楓の頭を撫でて言い含めた。
「今作ってるのはお節料理っていってお正月に食べるものだから。お正月になるまで待ちなさい」
　楓はふくれっ面になったが、そこに折良く祖父が現れた。
「楓。お母さんたちは忙しいから、じいちゃんと買い物に行くか」
　任せとけ、と片目を瞑ってみせる祖父に、ありがとうございます、と両手を合わせて感謝を示し、玄関先まで二人を見送る。手を振って祖父と娘の背中を見ているうちに、智依子は６年前のことを思い出した。

　――あれは、１３歳の冬の夜。
　恋をしていた。年上のダンスコーチに。あの夜はダンスのレッスンをして帰りが遅くなって……送るよ、と言ってくれたコーチの車で家に帰る途中……そのままコーチの部屋に寄り、そこで彼に初めてを捧げた。
（まさかあの一夜で楓を授かることになるなんて）
　自分のおなかに新しい命が宿っていることを知ったのは４月３日。奇しくも１４歳の誕生日だった。
（おじいちゃんとおばあちゃんがいなかったら……）
　地主として経済的な余裕のある祖父母が理解して迎え入れてくれなければ、愛する人と結ばれることなく親にも見放されシングルマザーとなった自分が、３年遅れとはい高校に通ったり、バイトをしたりしながら、余裕のある子育てをするような今はなかった。祖父母がいなかったら楓の笑顔を見ることもなく、中絶か、出産後に養子か里親に出していたはずだ。そう思うと、とめどなく感謝の気持ちが溢れてくる。