【大晦日】猫の島がわんわんわん！｜リアクション

【大晦日】猫の島がわんわんわん！

年明け心待ち

　午後八時過ぎ。
　シーサイドタウンの森篠家のリビングにはお風呂上がりの妹が、頭にタオルを巻いたまま、母と一緒に歌番組を見ている。
　食器の片づけを済ませた森篠琳子は、テレビの様子をちょっと覗いてみた。テレビに映るのは紅の衣装に身を包んだガールズグループの女の子たち。いつの間にか彼女たちがみんな年下だなんて信じられない。
　去年の今頃はまだ寝子高生だった。今年の春に寝子島信用金庫（通称ねこしん）に就職して社会人になった。ついこの前だと思っていた入社式からもう半年以上過ぎたなんて。大人になるほど時の過ぎるのが早くなるって本当なんだなあとしみじみ思ってしまう。
「今のうちにお風呂もらうね」
　興味がある歌手はもっと遅い時間に出てくる。テレビの中のガールズグループの子たちがちょっと遠くなったような気がして、琳子はリビングを後にした。
　
　脱衣所で服を脱ぎ、身体を洗って、湯船につかる。
　熱い湯の中に慣れるまで、腕のうぶ毛が立って身体が冷えていたのだと知らせてくれる。しばらくして湯の温度が馴染むと、ようやくゆったりとリラックスした気分が訪れて――。
「今年もいろいろあったな……」
　卒業。入社。新しいことを次から次へと覚える日々。
　でも、それのこと以上に今年が忘れられないものとなったのは──彼氏ができた、ということ。
「ふふ……」
　鼻まで湯につかってにやけてしまう。
　秋沢覚。去年の寝子祭で出会ったのが最初だったか。
　――俺な、木天蓼大学に通とってなー、来年就職やねん。
　――大阪の岸和田ってとこから来たんや、俺。
　そういってカラリと笑った彼と、まさか同じ職場の同期として再会するなんて、あのときは思いもよらなかった。
　彼はどこか人たらしなところがあるというか、ひょいっと懐に入ってくるようなところがあった。年上の彼には、高校生のときに父を亡くして以来長女としてどこか気を張っていた琳子が寄りかかっても大丈夫という安心感もあって――
（……そう、いっしょにいて心地いいの。このお風呂みたいに……）
　そうして気づけば、自然な形でお付き合いが始まっていた。
（まだ恋愛に疎くてまだ少しぎこちないけれど）
　幸せだ。
　彼と会っていない時間は早く過ぎてほしいと願うくらいに。
「岸和田、かあ……」
　覚は現在、大阪岸和田の実家に帰省中だ。岸和田といえばだんじりくらいしか分からないが、本当はどんなところなんだろう。地元にはどんな友達がいて、どんな家族と過ごしているんだろう。……きっと面白い人たちじゃないだろうか。今頃お酒を飲んで、笑いあっているに違いない。彼のカラリとした笑顔を思い出すとそんな気がする。
「会いたいな……」
　去年は１月３日に帰省先から帰ってきた。
　今年も確かそれぐらいに帰ってくると言っていた。
　はあ、とため息が出る。
（まだ今年も終わっていないのに、もうお正月がすぐに終わるのを心待ちにしているなんて……）
　自分の気持ちに、苦笑する。
　こんなことをぐるぐる考えていたらのぼせてしまいそうだ。
「あがろ……」

　風呂から上がったあとは、妹と母といっしょに歌合戦番組を見た。
　年越し直前に、日本全国の年越し風景を伝える番組が始まり、テレビから除夜の鐘が鳴り響く。
　森篠家のリビングはそのタイミングで解散となり、琳子も布団に入った。
　と、その瞬間に、スマホに着信。
　彼からだ。
　出ると、晴れやかな声が響いてくる。
「あけましておめでとう！」
　いきなりこれだ、と思いつつも嬉しくて、琳子は横になっていた身体を起こして布団の上に正座する。
「こちらこそ。今年もよろしくお願いします」
「かったいなあ」
　覚はスマホの向こうで笑っていた。
「お土産買ってくさかい、待っとってな」

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