AFTER THE RAIN｜リアクション

AFTER THE RAIN

「いいんですか？」
　言いながら振り向いた彰尋は、そこに七夜あおいの姿を見たのだった。リボン柄のブラウスに青竹色のスカート、髪をくくっているのは黄色のリボンだ。外の寒さを忘れさせる暖かな配色が彼女らしい。
「あおいさん！？」
「彰尋くん、こんばんは」
「うん。こんばんは。あおいさん、ここのスタッフのアルバイトしてるの？」
「ちがうちがう」あおいは手を振った。「たまたま立ち寄っただけ。今日、昼間用事があったんだけど、なんだかまっすぐ帰る気になれなくてシーサイドタウンまで出てきたんだ」
　そしたらすっごく雨が降ってきちゃってとあおいは肩をすくめた。
「帰れなくなって、時間つぶしにスタンプラリーしてんの。彰尋くんは？」
「奇遇だね、俺もなんだ」
　簡単な事情を述べてから、弟と妹に写真を撮って見せようと思ってさと彰尋はつけ加える。
「立派だなあ、彰尋くんは。私、そんな気持ちまるで起こらなかったから」
「そんなことないよ。それにほら、あおいさんはすぐ下の弟がもう大きいから」
「ああ、ソラね。あの子、体は大きいけどまだお子ちゃまだから写真は喜ぶと思うよ。でも下手に写真なんか送ったら、まーたクリスマスに遊びに来ようとするからねぇ。受験生なのに」
　遊ぶことしか考えてなくて……とあおいは額に手を当てて大げさに首を振った。すでに進学先のきまったあおいや彰尋とちがい、あおいの弟七夜ソラは寝子島高校受験に向けてラストスパート爆走中のはずだ。
「『ねえちゃん明日行っていい？　寝子島～』ってメールが来たら困るもん」
　思わず彰尋は笑ってしまった。たしかに、ソラならありえる話だ。
「じゃ、お互い雨宿りしている同士、スタンプラリーをめぐらない？」
「うんっ、私もそう提案するつもりだった」
　ならトリックアートを撮ろうか、そう言って交互に指定場所に立つことにした。
　トリックアートといっても原理は単純だ。足元に描かれた平板な絵なのだが、カメラで撮影するとこれが立体的なスノードームに見えるのである。スノードームというのは水晶玉やガムの自販機みたいな球体のついた置物だ。うまく撮れば妖精みたいにスノードームのまんなかにいて、降りしきる雪を頭や肩に受けているように見えるのだった。
　まずあおいを彰尋が撮影した。小さなスマホの画面だとトリック感は最高のパフォーマンスをみせる。本当にあおいの入ったスノードームかと錯覚した。つぎに彰尋が指定場所に立ち、あおいがスマホを向けた。
「はい撮るよー、笑って笑って」
　とあおいが一枚撮ったところで、
「お撮りします」
　今度こそ本当の女性スタッフがふたりに声をかけてきた。
「さあどうぞ、おふたりで」
　どうしようかと彰尋が訊くまでもなかった。
「撮ろ撮ろっ、お願いします」
　あおいはスマホをスタッフにあずけ彰尋の隣に立ったのである。
　女性スタッフは前に出たり下がったりしてベストポジションを探していたようだが何気なく言った。
「彼女さん、もうちょっと彼氏さんに寄ってもらっていいですか？」
　いや彼氏さんじゃなくて――！　言いかけた彰尋よりずっと早く、
「はーい」
　あおいは彰尋とゼロ距離になる。
「あおいさ……」
「いいじゃない」
　にこりと笑うとあおいは彰尋と手をつないだ。
「じゃあ撮りますよ－」
「はーい！」
「はい」
　少々かたい笑顔の彰尋、にっこりのあおい、ふたりを閉じこめたスノードームがスマホのカメラに収まった。
　スタッフに礼を言いスマホを受け取って、
「行こっ」
　あおいは屈託なく告げて歩き出した。
　さきほどまであおいと結ばれていた手を一秒だけ眺め、彰尋は彼女に並んだ。
「待って」
　残り少ない高校生活、できるだけ後悔しないようにしたい。
　彰尋は思う。
　これが最後になるかもしれないから。
　冬の九夜山展望台ですごしたあの思い出のように。