冷える。朝のニュースではきっとまた『この冬一番の寒さを更新』をやるのだろう。
コートを羽織ってマフラーを巻く。
同室者はまだ寝ている。彼女を起こさないようにそっと、
七夜 あおいは寮の部屋を出た。
休日早朝の寝子島はまだ静かで、歩いている人の姿も見えない。
白い息を吐いた。溶けゆく息はまるで粉砂糖、天へとのぼり雲となるのだろうか。
見上げた空は、青い。
快晴だ。早い時間帯なのに太陽は、みずみずしいほどまぶしかった。
――寝子島の十二月も今年で見納め。
感傷的になるのも仕方がない。来春、あおいは福祉系専門学校に進学することが決定している。場所は九州、環境は一変することだろう。
まだ三年に満たぬ寝子島ぐらしだが、この短い日々はあおいの人生の重要な一部となっていた。寝子島で得た友達、たくさんの思い出、学び、いずれもかけがえのないものだ。
寝子島を出たら、もう戻ることはないかもしれない。
だから、できるだけ島の記憶を焼きつけておきたい。
今日はどこに行こうかとあおいは考える。このところ空き時間ができるたびに、寝子島のいろいろな場所を訪れているのだ。連れがいることもあるがたいていは単身(ひとり)で。
いわゆる観光スポットも知られざる景勝地も、街角の一隅であっても愛おしい。猫が一匹前をよこぎるだけで、絵葉書のなかに入りこんだ気持ちになる。それが寝子島だ。見ることができるうちにたくさん見ておきたい。踏みしめて噛みしめたい。いつか思い返す日のために。
クリスマスに大晦日が近いからか、しばしばあおいには誘いがかかったが、ほとんどはやんわりと断っている。「あれこれ忙しくて」というのが口実だ。実のところ転居先は最初から専門学校の寮と決まっているし、引っ越しといっても身一つ、寮から寮なのでたいした荷物もなくあらたに買いそろえるものとてほとんどないのだが、この表現だけで相手は『きっと進学準備で忙しいのだろう』と勝手に察してくれる。申し訳なく思いはする。でも忙しくしているのは嘘ではない。ただ、中身が相手の想像とちがうだけだ。
今日は天気もいいし、九夜山の登山道をたどって展望台に行くのもいいかも、ふとそんなことを考えた。
ところがここで無粋なギターソロが鳴り響く。地雷みたいなドラムも。ポケットのなかだ。携帯電話をマナーモードにするのを忘れていた。この着信音は『カッコいい音楽があって』とののこが設定してくれたものである。たしかに格好いいとは思うが、電話がかかってくるたびドキッとするので初期設定に戻したほうがいいかもしれない。
発信者の名を見てあおいの眉間にしわが寄った。悪い予感がする。
「ねえちゃん、俺だよ俺、オレオレ」
「特殊詐欺なら間に合ってますけど」
「冗談きついなあ」まったく動ぬ声はすぐ下の弟
七夜 ソラのものだ。「ごめん起こした?」
「起きてる。いま外」
とりあえず散歩中とあおいは言うことにした。
「そりゃ都合がいい。いま俺さ、寝子島駅にいるんだけど。今日寝子島の案内頼めない?」
やっぱりとあおいは内心つぶやいた。予感的中だ。
弟のソラはあおいと入れ替わるように、来春から寝子島高校へ入学予定だ。もちろん入学試験をパスすればの話である。けれどソラはもう合格した気でいるらしく、下見と称してちょくちょく寝子島に遊びにくるようになった。
「ソラ、あんた私の予定とか考えたことないの!?」
あおいがこういう言葉づかいになるのは相手が弟妹の場合に限られる。といってもそのほとんどがソラなのだが。
「来るなら事前に連絡しなさいって前も言ったでしょ!」
「言ったかも」
「あとお母さんにも」
「今回はちゃんと断りを入れたよ。さっきメールで、だけど」
そういうのは『断りを入れた』という表現にあてはまらないとひとしきり叱り、青菜に塩をふった状態へ移行した(とおぼしき)弟にあおいは告げた。
「……で、今日はどこに行きたいの?」
おお、とソラの声が明るくなった。
「ねえちゃん案内してくれるのか?」
「来ちゃったものはしょうがないでしょう。ハロウィン☆デイズのときはつきあってあげられなかったし」
さすがねえちゃん話がわかるぅと浮かれるソラに、「ところで」と姉は釘を刺すことを忘れなかった。
「ハロウィンのとき、結局あんた帰らずに泊めてもらってたよね」
「ギク」
「『ギク』じゃないでしょ! お母さんに聞いたんだから! おかげであのあと私がどれだけ気をつかうことになったか……」
くどくどと言いたくはなかったがくどくどしくなってしまうのはやむを得ないところだ。また一通りグチってから、
「今日は
絶対に日帰りするように」
ぴしゃりとあおいは言いのけたのである。
「わかってるよう。だから朝早く来たんじゃないか~」
「帰りの電車まで見届けるからねっ!」譲れないポイントだ。しかし厳しいのはここまで、あおいは口調を和らげ問い直す。「どこ行きたいんだっけ」
電話のむこうで、ソラが安堵の吐息をつくのが聞こえた。
「九夜山の展望台! ロープウェイもあるみたいだけど行きは登山道をたどってみたいなぁ」
えっ、と声が出そうになったのをあおいはこらえた。
さすが私の弟。
偶然の一致にしてもできすぎだ。これがシンクロニシティというやつなのか。けれどそんなそぶりはおくびにも出さず、すぐ行くから待ってなさいと告げてあおいは電話を切った。合流場所に駅前のファーストフード店を指定したので、ソラも凍えることはないだろう。まったく、世話の焼けることだ。
生意気ざかりの中三男子の道案内かぁ。
嫌ではない。ないのだが、
私って、特に面白い人でもないし。
ソラが退屈しないかと気がかりではあった。ソラは人見知りするタイプでもないから、誰かもうひとりいてほしいと思う。
でも女の子の友達はやめておこう。女子ふたり男子ひとりの状況だとますますソラは退屈する可能性がある。
……。
忙しいのなら内容も告げずごめんねしよう。彼の邪魔をする権利は自分にはない。
だけど。
運良く予定が空いているのなら、この状況であおいが同行を頼みたい人はひとりだけだった。ソラにとってははじめての、自分にとってはもしかしたら最後かもしれない九夜山頂からの光景を、わかちあいたいひとだから。
電話する。
「おはよう。こんな朝早くにごめんね。寝てた?」
彼の返事を聞くと、よかった、と告げてあおいは用件に入った。
「こんな時期に悪いんだけど……今日、なにか予定あったりする?」
そうなんだ、とほっとしてつづけた。
「覚えてる、ソラって? そうそう、うちの弟なんだけど……」
もし、もし嫌じゃなかったらでいいんだけどね、と念押ししてあおいは告げたのである。
「九夜山の展望台、一緒に行かない?」
あおいが電話した少年、彼の名は――。
お世話になっております。桂木京介です。
大変長らくお待たせしました。待たせすぎてごめんなさい。
プライベートシナリオにご指名いただき、本当にありがとうございました!
快晴、しかしキンキンに寒い十二月のある一日、あおいからの依頼を受け彼女と一緒に彼女の弟ソラを九夜山観光に連れて行くシナリオです。
リクエスト内容に従いあおい・ソラ姉弟のやりとりが多めになりそうですが、もちろん彰尋様もしっかり描写する考えです。
あおいはソラの前ではあまり体面を取り繕わない「ねえちゃん」であり、それを理解しているからこそソラもあおいに甘えがちですが、ソラと十分に面識のある彰尋様もかかわっていただきたく思います。
他のNPCについては特に制限はありません。他のマスターさんが扱うキャラクターであろうと遠慮無くご指定ください。出せるよう努力します。
それではまた、リアクションで会いましょう。
アクションを楽しみにお待ち申し上げております。
桂木京介でした!