【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！｜リアクション

【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！

　一年二組の生徒達は黒板の貼り紙に不安の目を向ける。
「これ、一年でどうにかなるものなの？」
「どうする？　参加しないと冬休みが無くなるかもよ」
「でも、ボクシングの経験なんてないし……」
　前の方にいた三人組の女子は、それとなく後ろを窺う。
　視線の先には梓智依子がいた。本人も気付いたようで微笑みを浮かべた。
　――皆、不安なのね。私は同じ一年でも年齢が上だから、そこまで動揺することはないけれど、気分は良くないわ。
　あの理事長の暴走を止めないと。
　智依子は席を立った。三人組は笑顔を見せる。
　相手の不安を取り去るように固めた拳を突き上げた。
「私が何とかするわ」
　悲鳴に近い歓喜の声に智依子は包まれた。満更でもない顔で教室を出ていった。

　智依子は武道場に踏み込んだ。途中、立ち寄った女子トイレで着替えを済ませた。今は無地のＴシャツとボトムにジャージを合わせたパンツルックとなっていた。
　身軽な格好で颯爽とリングへ向かう。コーナーに背を預けていた牛瀬巧は横目をやった。
「体幹がしっかりしとる。モデルみたいな姿をしとるが、ゴリゴリの体育会系やな」
「それほどでもないわ。それに昔の話よ。リングに上がってもいいかしら？」
「ええで。ワシもここは踏ん張らんとな」
　飄々とした表情でコーナーをゆっくりと離れた。両肩を回して中央に立つ。
　智依子は置かれていた八オンスのグローブを嵌めて軽くステップを刻む。
「期待できそうやな」
「冬休みを取り返すつもりでやるわ」
「ワシが実力を見たるわ」
　巧は左のミットを斜め上に構えた。智依子は鋭い踏み込みで腰を回し、右ストレートを放つ。
「おお！？」
　巧のミットが弾かれた。上体を崩したところに右の高速ジャブがヒットした。
　その勢いで身体が半回転した。
「凄まじいパワーやな！　連続ならどうや！」
　巧は体勢を立て直して左右のミットを上下に動かす。速射砲のようなジャブの連打を浴びせた。
　ぶつかり合う音が武道場に反響した。周囲にいた生徒達の目を集める。
　五段の重箱の一段目を平らげた巫部紫苑の手が止まった。
「凄いですね」
　例外なく驚きの声を漏らす。
　巧は智依子の口元を見て微かに笑う。
「息切れもせんとわ」
「この程度ではね」
　涼し気な声で苛烈な連打を浴びせる。巧は押された。苦し紛れの反撃は軽く躱され、即座に距離を詰められた。
「これでどうや！」
　巧はミットを重ねて下へ向けた。
　鎌のような鋭い一撃を受けて後ろによろけた。一発でアッパーカットは止まらない。凄まじい連打となって巧をコーナーに追い詰めた。
　ショートの髪を振り乱し、智依子はひたすら打ち込んだ。
「これが本気の一撃よ！」
　右腕を大きく後ろに引いた。上体を捻りながらリングを削るような軌跡でミットを真下から突き上げた。
　両手で作り上げた強固な壁は打ち抜かれた。巧はコーナーに背をぶつけてずり落ちる。
「手が痺れたで」
　尻餅をついた巧はミットを外して掌に息を吹き掛ける。
　体内の余熱を吐き出すようにして智依子が言った。
「これでクリアよね」
「まあ、そうなるやろな」
　遠巻きに見ていた生徒達から熱烈な拍手が沸き起こる。やや照れたような顔で智依子はリングを下りた。
　その時、巧の声が降ってきた。
「その、あれや。最後の一発は見事やった。他と威力が違い過ぎや。なんか、思うところでもあったんか？」
「理事長の顔に叩き込むつもりで打っただけよ」
　にっこり笑うと巧は苦笑いを浮かべて、どうりで、と納得した声を出した。
　用件を済ませた智依子は軽やかに引き返す。
　その途中で紫苑と目が合った。
「あ、一緒に食べます？」
「美味しそうね。いただくわ」
　智依子は空いていたところに座ると、思わぬごちそうに笑顔で舌鼓を打った。